最も遠い記憶は、全身を覆った血の飛沫だった。
覚えているはずもないのに、母だった女の腹を裂かれて取り出された時の記憶を、その子供は持っていた。
実験体として、そのまま研究所に連れてこられたことも覚えている。
異常なほどに知能の発達した子供は、その記憶を自分が持つことが正常ではないと理解していた。
だから誰にも語ったことはない。
実験体の自分には、日付を確認することはできないが、多分5歳ぐらいだろうと推察している。
人体実験の検体である子供には、考えることしかやることがない。
高すぎる知能も、知識を与えられなければ意味がない。
だから子供は今日も考える。
自分の行き先を。
まずは、どうすれば処分されずに生き残れるかを。
時間はそれほど残されてはいないだろう。
教育をまったく受けていない子供が知ることは少ない。
だが、自分より少しだけ大きな子供の姿が、いつの間にか消えていることぐらいは理解できた。
どこかに移されたのかもしれないとも思ったが、その可能性を子供は否定した。
子供はいくらでも補充され、その誰一人として教育を受けていない。
それでも、研究員たちの会話から、子供は言葉や知識を学んでいた。
そして知ったことは、自分たちが取替えのきく実験材料であることと、自分は殺された母親の腹を裂いて取り出された日本人であることだ。
この研究所には、日本人は自分と研究所の上の人間であるもうひとりしかいないことを、自分の前でされた会話を基に、子供はすべて理解していた。
博士と呼ばれる男は、定期的にこの場所を訪れる。
子供は時期を待った。
次に男が現れたとき、子供は研究員の手を振り解いて男の下に駆け寄った。
「助けて木原博士。僕はあなたの役に立つよ」
はじめ物を見るようだった男の顔が、驚きに歪んだとき、子供は自分が成功したことを知った。
これが子供と鉄甲龍の生体研究所技術主任木原幸仁との邂逅であった。
[2回]
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