思えば遠くに来たものだ。
教室の窓から遠くを見つめる少年の名は安原那智。
N高校2年4組に在籍する語学に造詣が深いが、幼馴染の鈴木には嘘しか教えないので、たまに本当のことを言っても信じてもらえないという狼少年という、ごく普通の高校生であった。
そう過去形である。
つい先日、なんの因果か同級生に死ぬか自分と結婚するか、二つに一つを迫られ、原因となった組織入りをするつもりが、間違って結婚を選んでしまったのだった。
そしてここが肝心だが、その相手は同性であり、しかも軽く数千年どころか、一億年に掠るかもしれない年齢で、コードネーム、ガトリングゴードンと呼ばれる暗殺者なのだ。
結婚といっても、籍を入れたわけでも、式を挙げたわけでもないが、ゴードンこと柳瀬正宗の伴侶として、彼が属する組織で公認され、添い遂げることを強制され、あまつさえ、組織入りまでさせられたのだ。
どうせ入れられるのなら、最初からそうしておくべきだったと悔やんでも遅すぎる。
皆殺しのゴードンなどと呼ばれる元傭兵やら、元何か分からないものやらの人外生物相手に逃げる道など残されてはいなかった。
しかも知らないうちに、学校でも公認の仲にされてしまっている。
これもすべて、告白系の組織の暗号のせいだが、実家でまで「愛しているお前だけだ」とやられてしまっては、もう本当にどこにも逃げ場がない。
(まあ、あいつだって別に掟に従ってるだけだから、生活に支障はないんだけどな)
既に思考が汚染されている。
ただ、安原的にはこの公認カップルとして周囲に見られるのは激しく嫌だった。
何が嫌って、別にホモだと思われるのは百歩譲ってかまわないが、従兄の一郎君に誤解されることだけは耐えられない。
子供の頃から一郎君ラブな安原は、その考え方や言動も普通とはいえないことに気がついてはいない。
ちなみに一郎君こと佐藤一郎は隣のクラスにいるが、彼は毒にしか興味がない人間なので、安原の苦悩は知らないし関心もない。
安原の一方的片思いだった。
そんなある日、安原は学校で柳瀬と佐藤がよく会話していることに気がついた。
主に毒のこととか毒のこととか毒のこととかだが、それはゴードンと結婚する前から知っていたことだが、考えてみると、柳瀬のほうが佐藤と親しくなっているような気がして、途端に安原は不機嫌になった。
(ちょっと待てよ。俺を差し置いて、なんで柳瀬が一郎君と仲良く話してるんだよ)
そうは思っても、どちらの話にも混じりたくはないし、混じっても専門的過ぎてわからない。
そのあたりはごく普通の感覚の安原だった。
柳瀬と佐藤は、飲んでも異常はないが、傷口から体内に吸収されると即死する毒物について論議中である。
ついに我慢の限界を越えた安原は、柳瀬に向かって思わず大きな声で叫んでしまった。
「お前は、俺のものなんだろ!」
柳瀬と佐藤の視線が自分に向けられていることに耐えられず、安原はその場を逃げ出してしまった。
(一郎君の前で、俺ってなんてことを!)
校舎裏まで逃げてきてしまったが、冷静になると、自分でも何が気に入らなかったのかがわからなくなってしまった。
ただ、一郎君と一番親しい人間は、佐藤の幼馴染の冴木以外では、自分だけでいたかっただけなのに、叫んだ言葉は柳瀬の所有権の主張である。
(絶対、一郎君に誤解されたよな)
なんだか、安原は泣きたくなってきた。
その場にしゃがみ込むと、目の前にずさっと人影が飛び降りてきた。
視線を上げると、バイトの衣装を身に纏った柳瀬、いや、ゴードンが立っていた。
「なんで追いかけて来るんだよ」
「いや、安原が逃げたから……かな?」
「お前は、逃げたら誰でも追いかけるのか」
「習性としては追いかけたいが、ターゲット以外は追わないだろうな」
何故か安原の機嫌は上昇した。
そんな安原を不思議そうに見ると、ゴードンは本題を口にした。
「あの新しい暗号は、どういう意味だったんだ? 俺はまだ聞いていないが」
「この人外生物がぁぁぁぁ!!!!」
急速に血が上ったせいで、真っ赤になった顔で叫ぶと、今度は佐藤のところに向かって安原は走り出した。
しなくてもいい言い訳をするために、安原は命がけで走った。
今度は追ってはこなかった。
残されたゴードンは、安原の赤くなった顔を見て、何故自分の動悸が激しくなったのかを首を傾げて悩んでいた。
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あとがき
結婚したのに自覚がないナッチーとゴードンの話です。
なんといっても、相手が年齢不詳の宇宙生物のジジィですから、自覚するまでが大変かも。
特にゴードンは枯れてるから(笑)
このシリーズは安原の受難を基本的に書いております。
ナッチー総受けの方向でいきますので、よろしく。
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