それは、ずっと待ち続けていた。
沈黙を守りながら、約束の日を、じっと待っていた。
ただ只管に、覚醒の日を待ち望んでいた。
そして、その日がきた。
約束の時が。
1999年───東京。
少年は路地裏を逃げていた。
追われる覚えなどなかったが、見知らぬ男たちは、どこまでも彼を追い詰めていく。
路地裏に入り込んだ少年の前に、サングラスをした精悍な黒服の男が立ちふさがった。
その服装は、少年を追いかけていたものたちと同じスーツだ。
「なんですか! 何故僕をつけまわすんですか!?」
恐怖と緊張の糸が途切れ、少年は叫び声をあげた。
彼はただの中学生だった。
見ただけで一般人とは思えない男たちに追われる理由など、どこにもないはずだ。
男に向かって叫んだ次の瞬間、少年は男の拳で吹き飛ぶほどの強さで殴られた。
倒れかけた途端に、今まで彼を追いかけていた二人の黒服の男が少年を捕まえる。
男のひとりは、少年を路地裏の地面へと転がした。
抵抗することもできず、少年は地面へと投げ出された。
その時、サングラスをした男の背後から、美しい少女の姿が浮かび上がる。
栗色の髪を伸ばした少女は、少年に向けて静かに言った。
「どうして抵抗しないの? 男の子でしょう? 秋津マサトくん」
男たちとは明らかに様子が違う、ごく普通の、いや洗練された美少女の言葉に、マサトと呼ばれた少年は激しく動揺した。
何故この少女は自分の名前を知っているのか。
この場面で現れたということは、少女は男たちの仲間なのだろう。
ならば、最初から秋津マサトという、ごく普通の経歴しか持っていない自分が狙われていた事になる。
「ど、どうして、僕の名前を……」
疑問の答えは返ってこなかった。
ただ少女はこう告げた。
「ゼオライマーが覚醒するのよ」
「ゼオライマー……ゼオライマー!」
初めて聞くはずの言葉だというのに、その言葉はマサトの脳を貫いた。
知っている。
この言葉を自分は確かに知っている。
目覚めよとどこかで声がする。
黒服の男たちに両脇を捕まれ、引きずるように車まで運ばれながら、マサトは呟いていた。
「……ゼオライマー……」
上海。
国際電脳という会社を知らぬものはない。
独自に開発したコンピューター技術によって、たちまち世界のエレクトロニクス産業のシェアを塗り替えた一大企業である。
今や全世界のコンピューター業界の70%が、国際電脳に占有されているといっても過言ではないだろう。
だが、これほどの企業でありながら、その本社が中国にあることをのぞき、その実態はほとんど知られていなかった。
異常なほどの秘密主義。
宗教にも似た社員の忠誠心。
それだけがわずかに伝わっている。
国際電脳中国本社内では、社長が慌てふためいて、モニターに映った歪んだ男の姿に向かって叫んだ。
「な、なんですと! ついに浮上されるんですか?!」
その声は、明らかに目上の人間への恐縮で上擦っていた。
コンピューター業界の頂点に立つ男とも思えない無様な姿である。
「隠れみのとしてきた国際電脳も、今日をもって無用のものとなる」
無情にもモニターの男は、世界第一位の企業の存在を、一言で切り捨てた。
「えぇ? そ、それは! 我々は鉄甲竜に終生忠誠を誓って……」
「くどい!」
絶対者のごとく、男は社長に向かって吐き捨てた。
社長は狼狽したが、どうすることもできないで、ただ項垂れた。
その時、嵐の中を一機のロボットが静かに佇んでいるのが見えた。
ロボットは、悠然と国際電脳のビルに向かって攻撃を仕掛ける。
ビルは轟音を立てて、崩れ落ちた。
社長も、社員も残したまま、コンピューター業界第一位の企業は終わりを告げた。
そして、嵐に隠れるように、海の中から巨大な要塞が姿を現した。
これが長い間地中に隠れていた、鉄甲龍の本拠地である。
鉄甲龍──ハウドラゴンの異名を持つこの巨大な結社は、八卦衆と言われる巨大ロボット軍団を作り上げた
が、その内の一体は木原マサキの手によって盗み出され、密かに日本に隠された。
その名は天のゼオライマー。
ゼオライマーが自分の操縦者と認めるのは、たった二人の人物である。
秋津マサト。
氷室美久。
だがゼオライマーには、ある恐るべきプロジェクトが隠されていた。
それが 、自らを冥府の王と為す冥王計画である。
その真の目的が、今始動しようとしていた。
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