第2次世界大戦中、当時の中華系科学者たちによって密かに「鉄甲龍」という秘密結社が結成された。
資金源は華僑が中心となった組織だが、戦時中は日本軍への対抗のため、兵器開発や人体実験を主に行っていた非合法組織だったが、元々中国政府でも非公認だった知識階級の集団は戦後暴走をはじめ、80年代には巨大ロボット軍団を作り上げた、世界征服を狙う巨大組織へと変貌を遂げていた。
しかし、1984年に組織の科学者の両翼の片方を担っていた木原マサキは、ロボット軍団の頂点に立つべきロボット―――天のゼオライマーを持って、日本国へと亡命を果たした。
二人の赤子と共に。
その後、日本政府は、木原マサキの頭脳を恐れ、ゼオライマーの独占をも狙って、マサキの暗殺を計画する。
それもまた、マサキの計画のひとつであるとは、誰一人知る由もなかった。
「俺を撃てるのか。沖?」
マサキはあきらかな嘲笑を浮かべて、自分に銃を向ける男を見つめた。
サングラスをかけているのは、表情を見られたくないためか、それとも、そんな暗いガラスごしでなければ、引き金を向けることさえできないのか。
どちらにしても、愚かな話だ。
「どうした沖? 殺したかったんだろ? お前はずっと俺を殺したかったはずだ。さあ、撃て。引き金を引くがいい!」
この日が来ることを、マサキははじめからわかっていた。
わかっていて、日本政府にゼオライマーを引き渡したのだ。
はじめて沖功というマサキより年下の青年に会ったときから、自分を見つめるその視線を感じたときから、いつかその日が来たら、自分を殺すのはこの男だと、マサキはずっと知っていた気がした。
いや、今となっては、この男以外に、自分を殺すものなどありえない。
(ルラーン……今でもお前は俺を憎んでいるだろうな)
楽しくてたまらなかった。
未だ鉄甲龍に残り、おそらくは組織を掌握しているはずの片翼と呼ばれた科学者ルラーンも、若くして日本政府の特務機関員として自分を監視し、そして政府の命令によって自分を殺しにきた沖も、憎悪という鎖でマサキに繋がれている。
彼らはその憎しみゆえに、マサキが死んだ後も彼を永久に忘れることができない。
これが愉快でないわけがない。
愛などという、移り変わる曖昧な感情をマサキは信じていなかった。
この世でもっとも強い感情は憎しみだ。
(だから、もっと憎むがいい。そして俺に隷属しろ。俺は全てを支配するのだからな。当然、お前たちの心とやらもだ)
嘲笑ではなく、ある意味では相手への愛しささえ感じる笑顔を向けると、沖は震えるように呻いた。
「マサキ……お前は……悪魔だ」
「言われなれた言葉だな。俺への弔辞としては芸がない。まあ、お前は融通の聞かない男だからな、気の利いた台詞など期待はしていないが」
同じような言葉を、幼い頃から何度も聞いた。
中国系がほとんどを占める組織で、日本人の血をひくマサキが受けた虐待など、日本で生まれ育った沖にはわかるまい。
繰り返された屈辱と暴力。
虐げられたものが立場を変えるには、マサキ自身が鉄甲龍で権力を手に入れるしかなかった。
その手段は当然キレイなものではなかった。
それをマサキは恥じてはいない。
己を守るために、利用できるものは全て使った。
この身体も、そして天才と呼ばれた頭脳も、だた保身のためだけに使った。
だが、それのどこが悪いのだ。
「最後に、俺を抱きたくないか。最高だっただろう?」
時間稼ぎでも、命乞いでもなく、マサキはいつものように沖を誘った。
はじめに誘惑したときの、慌てふためいた顔を思い出して、笑いがこみ上げてくる。
可愛い男だったなと、マサキは思った。
だから、歪ませたかった。自分の場所まで引き摺り下ろしたかった。
数え切れない男の手で開発された熟れた身体で、この純情な男を篭絡するのは呆気ないほど簡単だった。
経験の少なかった素直な若い身体に、快楽を憶えさせるのは楽しかった。
マサキ好みのセックスをするように教育したせいか、どんな男と寝るよりも、沖に抱かれる瞬間が一番満足できた。
最近ようやく、マサキを本気で乱れさせられるようになった男と、最後に抱き合ってみたかった。
抱かれている最中に殺されるなら、かえって最高の死に方だ。
「マサキ! お前は!!」
引き金が引かれ、弾がマサキの肺を貫通した。
ゴボッっと口から血が溢れ、呼吸がうまくできない。
(希望通りにはいかないか……)
死んでいく己自身を冷静に見つめながら、マサキは笑った。
それは、他人が見れば苦痛に引きつった顔にしか見えなっただろうが、マサキはいっそ嬉しいぐらいだった。
(これでいい……これで……)
「マサキ! ……マサキ……マサキ……マサキ……」
出血の量がひどい。時間はもう残されていないだろう。
自分で撃っておきながら、マサキを抱きしめて名を呼び続ける男を、マサキはうっとりと見つめた。
(これでお前は……俺のものだ)
「お……き……ゼオライマーと……ふ…た…り…を……たのむ」
「嘘だマサキ……こんなことは。俺は……俺は!」
「あの…ふたり……は……俺の…たいせつ……な……………」
「約束する。必ず彼らは来る日のために守ってみせる! だからもうしゃべらないでくれ!」
もう苦しませたくないのだと、言葉ではなく抱きしめる強い腕の力が伝えてきた。
(嘆くな沖。俺はもう一度貴様と会う。その時は、どうするだろうな……お互いに)
俺への憎しみと後悔で、これからの人生を生きるといい。そんなことを考えながら、薄れ行く意識で最後にマサキは思った。
(これが、始まりのおわりだ。沖よ。お前が撃った銃弾は、終結を告げるものではない。それは、終末への嚆矢。はじまりなのだよ)
それを最後に、悪魔と呼ばれた稀代の天才科学者、木原マサキの意識は途絶えた。
それが、終末へ向かう始まりの終わり―――同時に、全ての終わりの始まりでもあった。
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