「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
耳障りな悲鳴を上げながら、異形の怪物が消えていく。
リアルに血飛沫が出ていたが、データに過ぎないそれは、一瞬のうちに消去された。
「影王、こいつなんて名前だっけ?」
マダラが尋ねたので、影王は一瞥すると雑魚だと答えた。
えーっとマダラが不満そうな顔をしたが、モンスターの種類は多いし、倒した数も数えきれない。いちいち覚えていられないし、知っていても教える手間が面倒だ。だから影王はモンスターについて聞かれたら、雑魚だと答えるようにしている。
マダラもそれを知っているから、本気で機嫌を損ねたわけではない。
アガルタの戦闘エリアは、荒野であることが多いが、珍しくここは沼の様相を呈していた。
ただの沼ではなく、HPを削る毒の沼だ。
属性は反対だが、戦士ランクの二人には、本来毒への耐性はない。
しかし、アイテムによって効果を打ち消すことはできる。
毒沼に現れるモンスターは、毒消しの効果を持つアイテムを持っていることが多いので、それが目当てでマダラと影王もここに来たわけだが、アイテムはすでに限度数まで持っているので、単なる暇つぶしなのかもしれないと影王は思った。
アガルタは自由なゲームだ。
どんなプレイをしようとプレイヤーの自由であり、それには自己責任が伴う。
ひたすらモンスターを狩って、アイテムを増やすというやり方にも、幾分飽きが来ているのも確かだが、二人で戦闘している時が一番楽しくもあると影王は思う。
マダラもそうだろうか。
聞いたことはないが、影王が感じるようには、マダラは戦闘を楽しんではいない気がする。
影王だって、戦闘自体が楽しいわけではない。
マダラと二人で邪魔されない空間なら、なんでも楽しいと思う。
アガルタで最初に選んだのが、モンスターとの戦闘で、二人で力を合わせて戦うという状況が嬉しくて、それを繰り返しているのかもしれない。
「そろそろ壁に向かわないか?」
「もうそんな時間か。いいだろう付き合ってやる」
「その言い方なんとかならないのかよ」
「そっちこそいい加減慣れたらどうだ」
双子の兄と弟なんだしな。
そう言うと、影王は一足先にアガルタの市街の中心に立つ城を囲む絶対障壁へと飛んだ。
白音のアガルタでの名前はマダラだ。
双子の兄黒音の名前が影王マダラ。普段は影王と呼んでいる。
マダラという名前には意味がある。
顔も覚えていない母親が、二人をまとめて私のマダラと呼んでいたと幼いころに聞いた記憶が残っていたらから、黒音と相談してそうつけた。
アガルタというゲームをプレイした理由は、金剛宗の巫女だったという母親の姿を追い求めたからだ。
少なくとも、白音はそうだった。
あまり知られていないが、アガルタの設定のほとんどは金剛宗の教えをもとにしているらしい。
ゲーム自体には宗教色はないし、参加したからといって布教されるということもないのだが、教えを知っていると有利なこともある。
マダラ――摩陀羅とは、金剛宗における最高神の名であり、おそらくはアガルタの真王の名なのだろう。
それを知ったのはゲームをはじめた後だった。
最初から知っていたらこの名をつけたかどうかは自分でもよくわからない。
それを知ってから気になったのは、マダラという名が禁止ワードになっていなかったことだ。
金剛宗にとってマダラは特別な名前だ。
規制が入って当然なのに、マダラという名前はすんなり許可された。
しかしマダラが真王の名だとゲーム内で広まるのはすぐだった。
名前について聞かれるのが煩わしくて、マダラは影王以外とパーティーを組んだことはない。
戦闘エリアを主体に活動する二人は今では噂になっている。
BBSには二人の発見報告が載っているらしいが、マダラはあまり気にしていない。
最初の頃は因縁をつけられることも多かったが、今ではみんな遠巻きに見るだけで、声をかけてくるプレイヤーはほとんどいない。
影王が何かしたらしいというのは薄々気がついているが、怖くて詳しいことは聞き出せなかった。
白音とマダラの性格に差はあまりないが、黒音と影王では、影王のほうがより過激で冷徹だ。
ロールプレイに徹しているのかもしれないが、そこまで人格を変えて疲れたり混乱したりしないのかと思う。
白音にとって黒音は兄だが、マダラにとって影王は、頼りにはなるが扱いに困る仲間といったところか。
黒音は何を考えてアガルタにいるのかなと思う。
何度も考えてことだが、実際に確かめたことはない。
白音につきあって、という以上には熱心だったはずだ。
母親の事を、互いにあまり話したことがない。
だから黒音が母をどう思っているのか白音は知らない。
「はじめてから2年も経つのに、城の周囲には入れないってのはどういうことなんだろうな」
「条件が整っていないということだろうが、レベルを上げればいいというわけではないことはわかった」
マダラたちが戦闘エリアで戦闘に勤しんでいたのは、レベルを上げれば絶対障壁を抜けられるか試していたからだ。
まあもちろん戦闘で手に入るお金をアイテムを収集するためでもあった。
アイテムによってはカンストしているのもあるし、お金に関しては家が3つ買えるぐらい集めたが、上限がどれほどなのかまだわからない。
「やっぱり他のクラスのプレイヤーとパーティーを組んでみるべきかも」
「気は進まないが、それ以外にやることもないだろう。問題は、どのクラスと組むかだ」
「だよなぁ」
アガルタのクラスは多彩だ。
多数ある職業のうち、どのクラスと組むかは重要な問題だ。
しかも二人は互い意外とパーティーを組んだことがない。
「巫女と組めたら最高なんだけど、滅多にいないし、争奪戦が凄そうだ」
「欲しければ奪えばいい」
「ちょっ、まてまてまて! なんでそんなに好戦的なんだよ。まあ多少の争いは避けて通れないけど、まずは話そうぜ」
「巫女の二人組なら何度か見たことがあるな」
唐突に影王が呟いた。
「あれ? 最近守護者を連れて、狩りをしまっくてるって噂の? 俺見たことないぞ」
「時々絶対障壁のそばにいた。遠目に見ただけだが、クラスは巫女だった。その時は守護者を連れていなかった」
マダラはその巫女に強烈に惹きつかれるものがあったが、守護者もちのプレイヤーがパーティーを組むだろうかと思った。
でもまずは交渉だ。
電脳天使という存在にも興味がある。
「戦闘エリア巡ってたら会えるかな?」
「まだ狩りを続けてるなら可能性は高いな」
「じゃ、早速探しに行こうぜ」
「了解」
久しぶりにわくわくした。
「ちょっと、ちゃんとヒミカをフォローしなさいよ!」
「してるっつーの! キリンこそ、あんまり前にでるんじゃねーよ! 夏鳳須!」
「わかっている」
「お兄ちゃん、やっちゃえー!」
自分たちよりずいぶんレベルが高いエリアで、モンスターに囲まれてしまったキリンは、状況判断の甘さに歯噛みした。
溶岩台地はただでさえHPを削る。
電脳世界では強力な力を持つ守護者だが、ゲーム内ではその特殊能力のほとんどが制限される。
最近狩りが順調だったために、気を抜いていた。
夏鳳須と聖神邪は確かに強い。
だが、低レベル巫女のキリンとヒミカを庇いながらでは、その実力の半分も発揮できていない。
デスペナルティを考えると、全滅は避けたいが、どうすればいいのか。
せめてこの囲みを突破できれば、撤退もできるのに。
「キリン!」
「きゃぁぁぁぁ!!!」
トカゲ型のモンスターが大斧を振りかざしてキリンを攻撃しようとしているのを、夏鳳須が庇った。
「夏鳳須!」
「下がれキリン!」
もうもたないと思った時、モンスターの首があっけなく転がる。
「え?」
何が起こったのかわからなかった。
目の前に、懐かしい気がする少年が笑っている。
「あんたが巫女?」
「マダラ……?」
巫女と戦士の出会いは、物語の真の始まりを告げようとしていた。
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