きっと――そう君は言った。
そんなことはありえないと私は答えたと思うが、自分の言葉はぼんやりとしか思い出せない。
きっと――夢のようなことを、君は言った。
その言葉が嘘ではないと思いながら、やはりあり得ないと知っていた私は、ただ突き放したように、君は莫迦かと言ったはずだ。
紛れもなく奇跡だったあの日々に帰りたいとは思わないが、ただ君の言葉だけが私の未練だった。
「ランサー……君は愚かだ」
この言葉は、君に届くだろうか。
違和感は、もっと前から多分あった。
ただ、気のせいだと思いたかったのだろうと、手遅れになってから気がついた。
「アーチャー、お前疲れてねーか?」
「べつにそんな自覚はないが。君の目にはどんな風に映っているんだね?」
「んー、なんかよ、犯りたくなる」
「……なんだと?」
「問答無用で押し倒したくなる感じがすげーする。だから魔力が不足……って、おっとぅ!」
最後まで言わせずに、私は双剣を投影すると、ためらいもなくランサーの首筋を狙った。
本気で放った一撃だったが、案の定避けられる。
「あぶねーだろ!」
「避けるくせに何を言っているんだか。ともかく戯言は慎み給え。女性陣の教育に悪い」
「はーっ、今更そんなことに影響される女なんてここにはいねーだろ。魔力の浪費こそ慎むべきなんじゃねーのか?」
「その時は君に助けてもらうさ」
私がそう言うと、ランサーの口が間抜けにぽかーんと開かれたまま固まった。
ああ、こんな表情さえ様になるのだなと、おかしくなる。
「えっと、アーチャーさん? それはつまりそういう意味ですか?」
「それ以外の何に聞こえるんだね。まあ、目的のためには手段は重要ではないよ。君とは違ってね」
それは魔力を与えてくれる相手なら誰でも構わないという意味にもとれる言葉だったが、私はそれを槍兵が受け取るだろうままにした。
実際それは間違っていない。私はそういう人間だった。サーヴァントになった今では、その傾向に拍車をかけていると思う。
本当のことを口にしただけなのに、それを聞いたランサーの赤い瞳が怒りに燃えるのを、私は不思議に思いながらも見惚れた。
ランサーの怒り――つまり殺意が、私にはとてつもなく気持ちがいい。
彼に殺されたかった。
あの日のように、今度こそ息の根を止めて欲しかった。
くだらない感傷だ。
生きて返ってしまった私には、死はあまりに遠い。
守護者たる私は、今の身に死が訪れようと、永遠に世界のために消費されていくのだから。
「俺もな、目的のためには手段は選ばねーたちなんだよ。お前にそれを教えてやるよ」
「君にそれができるなら」
私は自分からランサーに口吻た。
「……んっ……」
ぴちゃっと唾液の音がした。
粘膜同士が擦れ合う感触がどうしようもなく感じてしまい、それだけで下半身が反応してしまう。
それに気がついていながら、ランサーは意地悪に口吻を繰り返す。
「は……ぁ……ん」
漏れる息は熱く甘い。
キスだけでこんなに感じるなんてどうかしている。
だけど止められない。
もっともっとと、私はぬるりと侵入してきた舌に自分の舌を絡ませた。
「っふ……う…んっ」
突然後孔に指を突き入れられ、思わず腰がはねる。
「あ…くぅ……っ!」
口吻は深いままに、円を描くように指が内部で動いてたまらない。
感じる部分をわざとずらし、焦れた頃に強く触れると、喉の奥で悲鳴のような声が漏れた。
指は二本三本と増やされ、その部分から、体が溶けていくような気がする。
腸液で濡れた場所が、指でかき回されてぐちゅぐちゅと音を立てた。
はやくはやく。
急く体はランサーを受け入れる準備万端で、心だけが追いつかない。
抱かれたくないわけではない。
どんなに浅ましい欲望でも、私は彼を欲している。
だが、この体は、相手が誰でも同じ反応を返すのだろうと思うと、ランサーを汚しているような気がするのだ。
私自身の過去は希薄だ。
覚えていないわけではないが、確とは思い出せない。
それは私にとってどうでもいいことだったからだろう。
自分自身のことなど1番どうでもよかった。
それを責められたことは覚えている。
しかしそれ以外のどんな生き方ができたのか。
衛宮士郎が私とは違う道を選んだと知った今でも、自分の生き方が変えられたとは思えない。
全てを救いたいと願い、果たせなかった正義の味方の残骸。
それが私だった。
「考え事とは余裕じゃねぇか」
「はっ……きみが……あっ…手ぬるいからじゃ……ない…かな?」
「上等だぜ。その言葉後悔させてやるよ」
蕩けきったその場所から指を抜くと、一気にランサーは彼自身で私を貫いた。
「は……あっああっ!」
強く突き上げられ、時に優しく揺さぶる。
ランサーの性技は、野性的な外見と同じように、激しかったが、巧みなものだ。
余計なことを考える間もなく、快感に頭が白く染まっていく。
ランサー私は――――。
「おい……おいっ! アーチャー!」
唐突に意識が覚醒し、私は自分の居場所を見失う。
目の前に、焦ったようなランサーの顔があってほっとしたが、表面には出さない。
「なんだねランサー」
「おまっ! ……お前な、今……」
彼は一度言い淀んで、ため息を付きながら、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「いきなり消えるから驚くだろ」
消えた、私が?
そう言おうとして、私は言葉を紡げなかった。
予感があった。
最初からこの日が来ることを、私は知っていたのに。
でももう少しと思ってしまうことが止められない。
「霊体化じゃなかったよな」
ランサーの言葉を、私は無言で聞いていた。
世界のバグである私たちは、いつ霧散してしまってもおかしくない。
今ある日常のほうがおかしいのだ。
わかっている。
もう私の存在は限界なのだと。
「なあ、俺はお前を手にいれるぜ」
そう言って、ランサーが口吻てくるのを、私は呆然として受け入れた。
何を言っているんだきみは……そう言いたいのに、言葉にならない。
「座に帰ったって知ったことかよ。一度はお前の場所に辿りつけたんだ。二度目がないとは言えねぇだろ?」
莫迦なことを言っている。そう言えればいいのに、声が出ない。
無言で俯く私を、ランサーは猫にするように優しく撫でた。
「きっと――――」
君が言った言葉を、私はいつまで覚えていられるのか。
君が言うそんな日は絶対に来ない。
君は愚かだ。
そして、その言葉に縋らずにはいられない私はもっと愚かだ。
そう思った瞬間、意識が反転した。
唐突に意識が覚醒する。
巨大な歯車が軋む剣の丘。
見慣れたそれに、私は目眩を覚えた。
あれは夢だったのか。
いや、英霊は夢を見ない。
あの奇跡のような日々は、たとえ世界のバグであったとしても、確かに存在していた。
「ランサー」
絶望を込めて彼の名を呼ぶと、すぐ背後から声がした。
「おう。呼んだか?」
あり得ない。
これが彼の声などと絶対にあり得ない。
だが、では誰が他人の座に入り込むことができるというのか。
確かめることが怖くて振り向けない私を、よく知った大きく美しい手が背後から私を抱きしめた。
「約束しただろ。きっとって」
「ランサー」
「ああ」
「ランサー」
名前を呼ぶことしかできない。
ああ、今なら言えそうだ。
私は君を――――――。
「愛してるぜアーチャー」
私の言葉より早く、ランサーはそれを口にすると、背後から私の頬に口吻た。
涙が溢れるのを止められず、私はランサーの手に自分の手を重ねた。
「私も愛しているよ、ランサー」
[3回]
PR