「ナタリア」
最後の記憶は、彼女の名前を呼んだことだった。
死にたくはなかった。
彼女にまだ言っていないことがあったから。
ずっと愛していた。
お前だけが生きる支えだったのだと。
それは今の彼女ではなく、幼いころの思い出によるものだったけれど。
彼女もまた『ルーク』を待っていてくれたのだと知った時、報われたと思った。
あの日の幼い約束を、彼女は憶えていてくれた。
共に育ったレプリカのルークではなく、本物の『ルーク』を選んでくれたのだ。
そしてレプリカのことを思う。
俺の居場所を奪った憎い相手だと思っていた。
しかし、その憎しみが見当違いのものであること、本当にはわかっていた。
だが、認めるわけにはいかなかった。
本物のルーク・フォン・ファブレは俺なのだという誇りを失うことは、死ぬこととどこが違うのか。
レプリカの苦しみなど知らなかった。
レプリカに心があるのだということすら考えもつかなかった。
『ルーク』の身代わりに死ぬためだけに作られた命。
俺が死んだ後、あいつはどうなったのか。
何故かそれが気になった。
『ルーク……我が…し…子……』
ローレライが、『俺たち』を呼ぶ声が聞こえて、全ては白く塗りつぶされた。
なんだこれは。
いつか聞いたことがあるヴァンの言葉を聞きながら、自分をアッシュと認識している少年は、しばし呆然としていた。
現状が認識できない。
目の前にヴァンが、それも若い頃の姿でいることも受け止められなかったが、自分の体が幼い子供のものであることが、まったく理解できない。
なんだ、これは夢か?
夢ならどうしてナタリアが出ないのだと思っていたら、ヴァンがレプリカの話をしだした。
「レプリカ? レプリカがどうした!」
「ああ、お前の代わりにファブレの屋敷に戻したのと、もう一体はレプリカを作った科学者の助手にするために引き取ってある。気に入らないだろうが……ルーク?」
レプリカが二体……なぜ二体なんだ。
夢だとしてもおかしい。
夢じゃなかったとしたら――――どう動くべきだ?
「どうしたのだルーク。混乱するのもわかるが、お前には使命があるのだ。だから……」
「俺は……俺のことは、アッシュと呼んでください」
「アッシュだと?」
「ルーク・フォン・ファブレと同じ顔で同じ名の人間が教団にいることがバレれば、計画はすべて流れてしまうことにもなりかねない。だから、俺は聖なる焔の灰――アッシュと呼ばれたい」
その後もヴァンが色々言ってきたが、とりあえず、後日そのレプリカの片割れと合うことに決まり、アッシュは今後のことを考えた。
今、この幼い体で、ヴァンを止めようとしても無理だ。
アクゼリュス――あれは、落とす必要がある。
住民を助けることは当然だが、ある程度はヴァンの計画に沿わなければ、世界は滅びるままになってしまう。
仲間が必要だ。
自分が戻っているとしたら、誰か他にも戻っている人間がいないか。
その二体のレプリカのどちらかが、あのルークだという可能性はないのか。
過去に戻るという事態も信じられないが、多分ローライが何かやったのではないかという予想がついた。
だから、きっとあいつも戻っているはずだ。
「今度こそ、救えるものは救ってみせる」
そして、彼女のもとに戻るのだ。
アッシュは、まだ柔らかい掌を、ギュッと握って、そう誓った。
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