切なげにジェイドの名を呼びながら涙を流すレプリカの子供を前に、ディストは衝撃を受けていた。
七年前という言葉も衝撃的ではあったが、子供が流す涙があまりに綺麗で息を呑んだ。
こんな美しい涙を見たことがなかった。
誰かを想って泣く人間自体をあまり見なかったこともあるが、泣くという行為は多分に己に対する哀れみを含んでいることが多いのだとディストは知っていた。
ネビリムが死んだ時の自分がそうだったからだ。
この子供も、自分のために泣いているのは確かだ。だがそれはなんて透明な哀しみに満ちた涙だろう。生まれたばかりのレプリカには、こんな涙は流せない。そして子供の言葉を信じるなら、たった七年しか生きていない子供にもそれは無理だと思う。
しかし子供の涙に嘘がないことを、ディストは感じた。
嘘だとするなら、こんなにも自分の胸を打つはずがない。
七年後の存在だというレプリカ。
その七年の間にどんなことがあったのか。
どんな風に生きて、どんな風に――よりにもよってジェイドを想うようになったのか。
そして、おそらくは、どんな風に死んだのかを知りたいと思った。
「あなたのことを教えて下さい、ルーク」
咄々と子供が語る未来は、あまりに途方もなく、誰にとっても残酷な結末だった。
咄嗟には信じがたい。だがあり得ないとは言えない未来。
自分はヴァンのやろうとしていることを知っている。
その片棒をかつぎ、こうして『ルーク』を作ってしまった。
「先生」
思わずつぶやく。
死者は帰ってこない。
そう言って変わってしまった幼なじみのことを考える。
あの頃から変わらない自分が間違っていたのか。
恩師を取り戻したいと思ったことは、そんなにも罪だったのか。
会いたかった。
ネピリム先生にもう一度会いたかった。
そうすれば、あの頃の幸せが戻ってくると信じていた。
そんなことがあるはずはないのに――――。
何度も打ち消していた言葉が、天啓のように降ってきて、ディストは涙を流した。
この子供のような綺麗な涙ではない。
自分には泣く資格などないのに、あとからあとから涙と鼻水が溢れてくる。
「先生」
その言葉は、もうお守りにはならないのに。
「泣くなよディスト。俺はよかったよ。俺を作ってくれてありがとう」
「ルーク……」
「本当に、感謝してる。悪いことばかりじゃなかった。作り物でも、俺は生きていたんだから。なによりジェイドに会えた。それだけでも、生まれてきてよかったと、俺は思うよ」
いつの間にか泣き止んでいた子供は、そう言って笑った。
ああ、なんて美しい笑顔。
そこにあるのは、絶望を越えたものだけに出せる、純粋な笑みだった。
「そんなにジェイドを愛してるんですか?」
言外によりにもよってという言葉を込めると、子供は困ったように微笑んだ。
「うー ん。多分、ジェイドが俺に嘘をつかなかったからかな。最初はすっごい意地悪だったけど、でもジェイドがくれた言葉は、全部本当のことだった。自分がレプリ カだって知って、世界が覆って、それでも変わりたいと願った俺をずっと見ていてくれた。俺を適当に利用することだって、ジェイドには簡単だったと思うの に、まともに相手をして、死んでくれって言われたこともあったけど、それだって俺を丸め込むことなんて楽にできたはずなのに、正面から言ってくれた。それ に……帰ってきてくださいって言ってくれたしな」
わかりにくいが、ジェイドは確かに正直だ。
その正直さを理解されることはほとんどないが、この子供にとっては違ったらしい。
あのジェイドが、他人に帰ってきてくださいと頼むなんて。
よほどこの子供大切だったのか。
想像もつかない。
「ああ、では、ジェイとかいう子供はあなたの仲間ではなかったのですか?」
「ジェイ?」
誰それという、明らかに聞いたことがないという顔をされた。
この子供とジェイドが出会うのは七年後のことだ。
ならば養子縁組が解消されたとか、例の子供が死んだとかそういうことだろうか。
でも恋人同士だったなら、教えてあげてもいいのではないだろうかとディストは思って、その言葉を口にした。
「誰って、ジェイドの養子ですよ」
知らなかったんですかと尋ねると、子供は信じらないものを聞いた顔で絶叫した。
「なんだよそれ!!!」
お互いに、確認するべきことは多いようだ。
ディストは溜息をついた。
[0回]
PR