不本意ながら、安原は組織に馴染んでいた。
安原と同じく騙されるように問答無用で組織入りしたパーカーこと里見今日子の組織での制服を作ってやったり。
それも嫌がらせのために超可愛らしい服を作ったのに、今日子には喜ばれてしまう始末。
女性幹部たちの陰謀でトンファー=ミンミンなどという愉快なコードネームをつけられ、制服はチャイナ服という生活にも慣れた。
ゴードンが脱皮するという事実は衝撃的だったが、宇宙人だからと諦めた。
組織の幹部たちとは友好的な関係を築いているといってもいい。
内心はともかくとしてだが。
どんな状況にも人間は慣れるものなのだ。
だがどうしても慣れないことというのもある。
それは、実の父が敵対組織である地球防衛組の若頭であるという現実だった。
正直に言えば、従兄の一郎が所属しているというのは、安原にとっては魅力的ではあったが、組に入ると、自動的に組長にされてしまうので絶対避けたい。
そもそも組織を抜けるときは死ぬときなので無理に決まっている。
『二重スパイすればいいだけじゃないか』という父の言葉には、人として頷けない。
それに問題はそれだけではない。
実質的なことは何もないが、安原は組織の幹部である皆殺しのゴードンの妻なのだ。
父にそれがばれるのは避けたい安原だった。
父にばれるということは、一郎にばれることに直結する。
それは嫌だ。
学校で既に公認となっていることは忘れている安原だった。
そんな時、長官の息子のジョンから組にスパイに行ってくれと要請があった。
最初は嫌がっていた安原だったが、パーカーを人質に取られ結局行くことになった。
嘘ばかりついているが、お人よしなのだった。
「今日は仕事場の風景でも見ていってくれ」
父の言葉どおりに組の仕事場を見回ると、どこにいっても美女美少女ぞろい。
「どうだ。ギャルゲーの主人公気分でいい仕事できそうだろ」
「なに考えてんだ、あんたは!」
こんな男が何故父親なのだろうか。
絶対おふくろにチクってやろうと心に誓った安原だった。
頭が痛くなってきた安原だったが、天敵との戦闘部隊の中にゴードンを見つけて仰天した。
「何してんだよ、こんなところで」
「俺は傭兵だ。雇われればどこにでも行く。というか、お前こそ何してるんだ」
「俺は偵察だよ。傭兵って、組織の幹部じゃなかったのか」
「かけもちしてるんだ」
別にかけもちでもなんでもいいが、この新たな事実に安原は錯乱して叫んだ。
「この俺という妻がありながら、こんな女だらけの職場で何やってんだ!」
「はぁ?」
時が止まった。
「今のはなんでもない! なんでもないんだ!!」
「那智?」
ゴードンこと柳瀬に始めて名前呼びされた安原だったが、お互いそのことには気がつかなかった。
脱兎のごとく駆け去る安原を、超スパイの金さんは、
「若いとはよいことですな」としみじみと呟いていた。
残されたゴードンは、安原って時々可愛いなと腐ったことを考えていたが、そこまで考えていながらやはり自覚はなかった。
「組はどうだった?」
「わかりませんでした」
組織に戻って、安原はジョンにそう答えるしかなかった。
安原はもう気がついてもいいころだと誰が見ても思うだろう。
だが、そんなことは有り得ないと思っている安原にも、自覚の波はなかなか押し寄せてはくれないのだった。
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