「なんでまた私の研究室にいるんですかぁぁぁ? きぃぃぃぃぃ!!!!」
「うるせーぞ死神」
「薔薇です! 薔薇! いい加減覚えなさいアッシュ!」
死神と呼ばれた科学者と、アッシュと呼ばれた少年のいつものやり取りを、少し笑いながら、短い赤毛に薄くオレンジの色のついサングラスをかけた少年が眺めている。
二人の少年はよく似た顔立ちをしているが、印象が違いすぎてあまり気が付かれない。
「またサボリかよアッシュ。さすがにヴァンに怪しまれるぞ」
「お前を俺の弟とということにしたのはあの男だ。弟にかまっていて悪いことはないよな、ルー?」
ルーと呼ばれて、短髪の少年は少し困って俯いた。
新しい名で呼ばれるのはもう慣れたが、軽い違和感がある。
だが、アッシュという名を自分で選んだ兄ということになっている少年のことを考えれば、そんな感傷は小さなことだ。
それに、ルーク・フォン・ファブレはもう他に存在するのだから、自分がその名を名乗れないことはわかっている。
「兄弟という事にしたのは悪い考えじゃありませんよ。同じ教団にいて、色彩と顔立ちが似通ったふたりが他人であると説明するよりわかりやすい。ヴァンに進言した私に感謝してもらいたいですね!」
五年前に、ルーはアッシュと再会した。
ヴァンに引き合わされた形の出会いだったが、はじめて見たはずのレプリカの自分を、アッシュは嫌悪の目を向けてこなかった。
それだけでも変だなと思ったのだが、アッシュはその時、陰険鬼畜眼鏡は知っているかと聞いてきたのだ。
それは、俺のジェイドのことかとは言えなかったが、動揺は伝わったらしかった。
アッシュがヴァンにレプリカと話しをしたいと言って二人だけになって、自分たちが互いに知っている存在だと確認した。
なぜこんなことになったのかは、後でディストと話し合ったら、ローレライの介入以外には考えられないということになった。
しかし今ローレライとは、ルーだけではなくアッシュも連絡が取れないようだ。
アッシュは自分が死んだと思った後、目を覚ましたらヴァンが目の前にいて、預言がなんたらとぺらぺら喋りだして、この場で殺すかと思ったらしい。
すべて知っている身からすれば、確かに殺意も湧いてくるだろう。
しかし、十歳という年齢で、ヴァンを倒すのは不可能だ。
それに自分が戻っているということは、他にも戻っている人間がいるのかもしれないと、レプリカが二体いるなら、その片方があの『ルーク』だという確信があったと言っていた。
アッシュは、『ルーク』への憎しみはもう無いらしい。
全てはあの最後の勝負の時に昇華したようだ。
だから、戻ってきたのなら、今度こそ約束を果たしたいのだと言った。
世界を救い、自分たちも幸せになる結末が欲しいと。
ルーはそれを聞いて、ジェイドのことを想った。
もしかすると、死霊使いの養子とは、自分のジェイドのことかもしれない。
でも、違うかもしれない。
怖い。だけど、ルーもやり直せるならやり直したかった。
皆の所に戻るという約束は果たせなかったけれど、自分は今確かに生きているのだから。
ヴァンを止めようと新たに約束して、アッシュとルーは兄弟になった。
それから五年――運命の時まで二年を切ってしまった。
まだ、ルーはジェイドに会えていない。
「導師の体調はどうなんだ?」
「うん。もう長くはないよ。ディストと昨日診察してきた」
ディストの助手として、イオンの様子を診ていたルーには、その生命の灯火が消えかけていることがよくわかった。
自分が知っていた優しいイオンじゃない。
でも彼が体調を崩した時から親しくなった被験者イオンは、食えない性格だがやはり優しい少年で、ルーは好きにならずにはいられなかった。
彼に死んで欲しくなかった。
たとえ自分の知るイオンに出会うためには、彼の死が必然であったとしても。
そしてレプリカのイオンたちを生み出すことにも躊躇いがある。
それでも、ルーはあのイオンに会いたかった。
全てを救うことはできない。
でもせめて、アリエッタには真実を知らせて欲しいと、病床のイオンに頼んだが、それは叶えられたのか、ルーは知らない。
「導師のレプリカは全員回収しましたけど。導師に近い力の持ち主と他二体のレプリカ以外は乖離してしまいましたよ」
「火山に落とされなかっただけよかったよ。シンクたちも協力してくれるんだって?」
「ヴァンに協力するフリはしてくれるようですよ。フローリアンは、なんというか、無邪気ですね。ルーの側にいれればなんでもいいとか言ってました。いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
「イオンにもフローリアンにもシンクにも、みんなに出会えて嬉しいって言っただけだよ。俺の身勝手で辛い思いをさせるかもしれないけど、会えて嬉しいのは本当だから」
「お前も俺とはだいぶ違うが、知識を同じように刷り込みされた三体のレプリカが、全員性格が違うというのは不思議だな」
アッシュが難しい顔をして言う。
「結局、レプリカは被験者にはなりえないということですね。ジェイドはもっと前にそれがわかっていた。だから生体レプリカの技術を禁忌にしたんでしょう。私には実感できなかったけど」
「死者は取り戻せない。だから今度こそ救える命は救いたいんだ」
救えなかった人たちがいっぱいいた。
今度は間違えない。
間違えても、それから逃げない。
だからきっと大丈夫だ。
自分は一人じゃないんだから。
そう確認した時、いきなり扉が開いて、リグレットがずかずかと入ってきた。
「なんですか、いきなり? ノックぐらいしてください」
「どういことだディスト?」
「はぁ?」
いきなり問われて、ディストは怪訝な顔をした。
「マルクトからダアトに留学させたい人間がいると依頼があった」
「それが私となんの関係があるんですか?」
「相手は死霊使いの息子だぞ。関係がないとは言えまい?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃ?」
ジェイドの息子がダアトに来る。
突然の情報に、ルーは固まった。
[0回]