ジュスランが天の城の回廊を歩いていると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ジュスラン卿! 今夜は空いているか?」
「アリアバート卿か。特に用事は入っていないが、何かあるのか?」
アリアバートに予定の有無を聞かれた時点で、用などわかっているのに、わざわざ確認してしまうあたり、自分も性格が悪いなと、ジュスランは自嘲した。
傍から見て、自分たちは、仲のいい従兄弟だと思われている。
互いのコンドミニアムを訪ねることも珍しくは無い。
だが、アリアバートの下心が透けて見える身としては、多少意地が悪くなっても仕方が無かろうとジュスランは思っている。
「用というほどのことも無いが、いい酒が手に入ったので、卿もどうかと思ってな」
よくある口実だが、それだけに他人に不審を抱かれない。
アリアバートらしい選択だと、ジュスランは可もなく不可もなくと採点した。
そしていちいちアリアバートの言動をチェックせずにはいられない自分に少し嫌気がさした。
どうでもいいではないかと思うが、ジュスランは他人の行動の裏を読まずにはいられない性癖を持っている。
特に接する機会が多いアリアバートは、その対象になりやすいというだけで、ジュスランにとっては他意はない。
ジュスランにとってアリアバートとは、同年の従兄弟であり、軍事に優れ、人当たりのよい男だと認識している程度の存在だ。
その認識には嘘が多く混じっているが、それを認める気はジュスランにはない。
ただ、アリアバートの用事は、ジュスランにとっても悪くないものだったので、素直に誘いを承諾した。
「では、11時過ぎにでも、卿の部屋に伺わせてもらおう」
「ああ、待っている」
アリアバートの顔に赤みがさすのを見て、無個性だと言われるアリアバートの美貌が喜びに輝くのを見るのも悪くはないなと感じた。
酒はとっくに空になっていた。
とりとめのない話をしながら、グラスを傾ける行為は、二人の間では、茶を飲むのと同じくらいの回数で重ねられている。
昼の茶会でもアリアバートは嬉しそうだが、夜は特に機嫌がいい。
男として気持ちはわからなくもないが、こう諸手を上げて歓迎されると、なんだか意地悪な気分になるジュスランだった。
「ジュスラン」
名前から卿が外されたのは、これからはじまる一夜の合図だ。
椅子に座ったままのジュスランの傍らにアリアバートが寄ってくるのを、ぼんやりと見ていると、軽く口付けされた。
いつもならもう少しアリアバートの誘いをはぐらかすジュスランだったが、外交の仕事で久しぶりだったこともあって、自分から深い口付けにもちこんで、舌を絡めた。
求めるのはいつだってアリアバートからだったが、ジュスランもそれに応えることはやぶさかではない。
はじまりは好奇心からだった。
自分がこんな軽率な行動を取る事が信じられなかった。
従兄弟であり、異母兄弟であるという関係をさらに複雑にしようとするアリアバートの気持ちが理解できなかった。
それでもその手をとったのは、同じ血を引くものに興味があったからだ。
アリアバートに関心があったわけではなく、兄弟というものと、それをあえてタブーを犯すことで生じる自分の内面の変化を知りたかった。
アリアバートは自分に好意を抱いているらしい。
それはどういう意味でなのか、ジュスランは深く考えたことがない。
欲望が伴う好意であることは、最初に誘われたときからわかっている。
だが、ベッドの相手に男であり兄弟である自分を選ぶアリアバートの心情に特に興味はない。
ジュスランが知りたいのは、己のことだけだ。
飲みきれない唾液が喉を伝わるのを、アリアバートの舌が辿っていく。
いつのまにか、着衣を乱され、乳首を指でこね回されると、腰に痺れが走った。
「アリアバート……ベッドに……」
「わかった」
重くはないが軽くもないジュスランの体を、ひょいと抱き上げると、アリアバートは優しくその体をベッドに下ろした。
こんなとき、ジュスランは男としてコンプレックスを抱くべきなのかどうか迷う。
アリアバートはザーリッシュのような巨漢ではないが、長身で鍛えられた均整の取れた体をしている。
ジュスランも整ったしなやかな肢体をしているが、アリアバートには遠く及ばない。
抱かれる立場としてはそれでかまわないではないかと、ジュスランは結論付けた。
体格的な差以上に、自分の性分的に、抱くほうよりも抱かれるほうが楽な気がする。
何度も繰り返した逢瀬で、受身の立場を楽しむことをジュスランは知っていた。
「アリアバート……はやくきてくれ」
「ジュスラン!」
焦らされるぐらいがジュスランの好みだが、あえてアリアバートを挑発する。
普段は穏やかなアリアバートが、自分を求めて必死になる姿を見るのが楽しかった。
互いに服を脱がせあうと、抱き合いながら、もう一度深く口付ける。
唇が性感帯のひとつであることを、アリアバートに教えられた。
女性が嫌いではないジュスランだったが、アリアバートとのセックスは、いつも新鮮な驚きに満ちている。
足を割られ、自分自身を愛撫されて、ジュスランは切ない吐息を漏らした。
「あ……んっ…ああっっ!!」
喘ぎが漏れるのにもかまわず、ジュスランは腰をアリアバートに押し付けた。
舌と手で丹念に愛撫されたそれは、後ろが濡れるまで滴っている。
突然先走りの液で濡れた指を後ろに突き立てられて、ジュスランは小さく悲鳴を上げた。
指が三本まで増やされて、内部で激しく出し入れされると、思わずアリアバートの名前を呼んでしまう。
慣れたそこは、もっと太いもので刺し貫かれたかった。
涙で潤んだ目で、アリアバートを見つめて名前を呼ぶと、望んでいた大きな質量を持ったものが、ゆっくりと突き入れられる。
「ジュスラン……苦しくないか?」
「いい……から……もっと……あっ…ふかく……」
ジュスランの許しを得て、少し乱暴に体が前後に揺すられ、アリアバートの肉棒が、何度も入り口付近まで出し入れを繰り返される。
それにあわせて、円を描くように、奥を抉られると、なんともいえない甘い声が唇から漏れ出した。
「あっ……アリアバート……アリアバート!」
動きが激しくなるにつれ、喘ぎはもう、互いの名を呼ぶばかりになってくる。
「くっ……ジュスラン!」
アリアバートが最奥で弾けると、ジュスランも互いの間で白濁した液を迸らせた。
「ジュスラン……何を考えている?」
「いや、何も」
抱き寄せられて、ジュスランは素直にアリアバートの胸に縋り付いた。
行為の最中やあと、アリアバートはいつも、ジュスランに何を考えているのかとたずねる。
答えたことは一度もない。
言ったところでどうにもならないことしか考えていない。
たまには君の事をと答えてやればアリアバートは喜ぶだろうか。
まんざらそれも嘘ではない。
ただ、アリアバートが望んでいるようなことは考えていなかった。
自分の胸の仲には天秤がある。
この意味のない不毛な行為に意味を付けたがっている自分は、常に天秤を揺らせている。
天秤にはタイタニアにおける様々な事象がのせられるが、こんなときにはアリアバートのことを考える。
自分にとってアリアバートはなんなのか。
ジュスランにとってアリアバートとは、同年の従兄弟であり、軍事に優れ、人当たりのよい男だと認識している程度の存在だ。
その認識には嘘が多く混じっている。
天秤を揺らすのは、その嘘だった。
認める気はない。だが、考えずにはいられない。
そして、今日もジュスランは答えを保留にした。
とりあえずは、アリアバートの腕は気持ちがいい。
それでかまわないではないかと、ジュスランはアリアバートの胸に抱かれて瞳を閉じた。
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