青の厚志こと速水厚志には敵が多い。
その筆頭が芝村である。
芝村に属しながら、芝村を敵とする厚志の姿勢は、味方と敵を大勢つくった。
厚志は、最愛の女性である芝村舞を殺した芝村という一族を許しはしない。
共生派の一部とも手を組み、芝村の中で反芝村閥をうちたてている。
軍でも強力な地位と人望を築いた厚志を、まともな方法で潰すのは難しいと見て、暗殺や謀略などが日常茶飯事に行われているが、厚志は一向に気にしない。
厚志にはシオネ・アラダとしての力があるし、こんな時のために危険なペットも飼っている。
ペットの名前は瀬戸口隆之という。
「どうしてもいくのか、速水」
茜が不機嫌そうに言うのを、厚志は微笑みで沈黙させた。
九州を奪還した九州方面司令長官である厚志は、幻獣側のリーダーと会見しようとしている。
それを裏切りだと感じるものも少なくないだろう。
そのため会見は極秘に行われるが、それに厚志は護衛をひとりだけ連れて単独で臨もうとしている。
参謀の茜としては、絶対に許可できないことだったが、心を決めてしまった厚志の行動を止めることはできなかった。
「何故今なんだい? ようやく九州を取り戻したばかりだ。政府を納得させてからでもいいだろうに」
「今だからだよ。幻獣に大打撃を与えた戦の後だからこそ、幻獣の代表と駆け引きする余地も出てくる。ユーラシアの幻獣が攻めてきてからじゃ遅いんだ」
「せめて、栄光号を持っていくべきだ。生身で幻獣と会見なんて馬鹿げている」
「いらないよ。それに番犬は連れて行く。それで十分じゃないかな」
「瀬戸口か。あれが何の役に立つんだ。君のペットだろう?」
瀬戸口が千年を生きた鬼であることは、一部の芝村しか知らないことだ。
茜は、5121部隊でオペレーターをやっていた、ふざけたナンパ師としての瀬戸口しか知らない。
九州撤退戦間際に絢爛舞踏になれたのも、厚志の采配のおかげだろうと思っている。
瀬戸口が5121部隊で、夜を守る絢爛舞踏であったことを知る者はほとんどいなかった。
瀬戸口隆之という幼い頃に死んだ少年に瀬戸口が憑依していること、そしてその前は絢爛舞踏として戦っていたパイロットだったことは、厚志も知らない事実だ。
だから、茜の懸念も無理は無いと言える。
「決めたことだよ。瀬戸口は幻獣に対しては役に立つ。今、生きて私の隣にいることがその証拠だと思わないかな?」
「本当に、君は度し難い人だな。君が変わってしまう前から、結局自分の意思は変えないんだ。そんな君に助言してる僕が莫迦みたいじゃないか」
「茜には感謝してるよ。私の参謀は茜以外考えられない。でも、瀬戸口にも代わりはいないんだ」
「惚気はいいよ。結局、君はあの男に惚れてるんだな」
「違うよ、茜。私が愛してるのは舞だけだ」
「……そうか。そうだったな。悪かった。忘れてくれ」
茜はそう言うと、礼をして司令室をあとにした。
それを見送って、厚志は呟いた。
「そう、オレが愛してるのは、舞だけだ。瀬戸口に対する感情は愛じゃない」
それはもっと醜くて、それでいて手放せないものだ。
執着というものに、それはよく似ていた。
厚志が宿舎に戻ると、瀬戸口が入り口でいきなり抱きついてきた。
「あっちゃん、おかえり!」
いつものように、軽く肩を叩くと、ようやく強い抱擁から逃れられた。
瀬戸口の熱烈大歓迎はいつものことだ。
地位がどれだけ高くなっても変わらない食事の支度を自分でしながら、厚志は瀬戸口に言った。
「茜を説得できた。今週中には、幻獣の共生派リーダーと会見だ。ボディーガードとしてお前を連れて行くことも納得させたから、そのつもりでいろ」
「厚志が行くところならどこへでも付いて行くさ。なんと言っても、俺はあっちゃんのペットなんだし」
なんだか嬉しそうに言う男だが、幻獣の共生派リーダーとの会見がどれだけ危険ことなのかは理解できているのだろう。
シオネ・アラダの従者として、この鬼は厚志に忠誠を誓った。
愛にも憎しみにも似た執着を、瀬戸口は厚志に抱いているが、その忠誠は本物だった。
だからこそ、二人の関係はより複雑なものとなる。
主従関係でもあり、愛人でもあり、でも愛しているとは呼べないながらも互いに執着する相手をなんと呼べばいいのだろうか。
答えがでないから、瀬戸口は厚志のペットなのだ。
凶暴な牙を隠したペットではあるが。
「今日は本物のビーフシチューだ。期待していろ」
冷たい笑みを浮かべながらも、厚志は機嫌がよかった。
自分にはこの男しか残っていない。
それを再確認する作業は心地よい。
芝村舞を失ったことへの代償行為だとしても、命を懸けて必要とされていると感じることは厚志には重要なことだった。
「九州司令部司令官ともなると違うなぁ。あっちゃんが作った料理はどれもおいしいけどな」
「そう思うんなら、味わって食べろよ」
「もちろん! 厚志の料理を上の空で食べるなんて天罰が下るさ。忙しいのにいつもありがとう、あっちゃん」
料理のできは完璧だった。
5121時代よりも食材が豊富な分だけ、腕の振るい甲斐もある。
中将として激務をこなしながらも、厚志の家事能力は確実に向上していた。
これも日々の努力の賜物である。
食糧難の中でも将官には高値で取引されるワインを出して、ふたりで会見の成功を自分自身に祈る。
そのまま酔ったふたりは、寝室になだれ込んだ。
「手加減するから、最後まで抱いていいか?」
明日も激務だと知っている瀬戸口は、そっと囁いた。
だが、厚志はかぶりを振った。
「手加減なんてしなくてもいい。ひどく抱いてくれ、隆之」
ベッドの中でだけ呼ばれる下の名前で誘われて、瀬戸口は荒々しく互いの服を脱がせて、厚志をベッドに押し倒した。
厚志の唇を舐めると、そのまま舌を差し入れる。
思う存分その口内を蹂躙すると、息が上がった厚志の唇から飲み込めなかった唾液が喉を伝った。
「いいのか? 本気でひどくするぞ」
「それで壊れるほど柔な体は作ってない。お前は素直に言うことを聞けばいいんだ」
「了解。魔王陛下」
瀬戸口は、厚志の体を裏返すと、その秘所に舌を這わせた。
何度か入り口を突付きながら解すと、ろくに準備もせずに後ろから貫いた。
「あっ……ぐっ……!」
厚志の喉からくぐもった悲鳴が漏れるのも気にせず、激しく抜き差しを繰り返すと、瀬戸口は厚志自身の根元を強く握った。
「俺が達くまで、厚志も我慢してくれよ」
「あ……瀬戸口! もっと強く!」
何度も貫いて、体位を変えて交わると、厚志の目から涙の雫が零れ落ちた。
それを舐め取って、最奥を深く突き刺すと、瀬戸口は熱情の証を吐き出して、同時に厚志を解放した。
向かい合う二人の間で、厚志の白濁した液体が飛び散った。
それから、厚志のミルクタンクが空になるまで、二人は激しく抱き合った。
厚志が気を失う頃には、けたたましい夜明けがこようとしていた。
阿蘇山での会見は、厚志と幻獣の共生派リーダーの二人だけで行われた。
「驚ろかないのですね」
「あなたが人型をしていることをですか。もともと幻獣は人間なのでしょう? 例え世界が異なっても。ならばリーダーのあなたが私達と同じ姿をしていてもおかしくない。昔私がいた部隊にも、あなたの世界の住人の娘がいましたよ」
「名はなんというのですか?」
「ヨーコ。イアルですよ」
「あなたは、私達のことに詳しいのですね。イアルは太陽。素敵な名前です」
かつて、厚志は降下作戦で人の代表と幻獣の共生派との取引を見たことがある。
それは、あの東原ののみと呼ばれた少女のクローンと猫神ブータニアス、そして幻獣たちとの協議だった。
後で知ったことだが、休戦の協定は九州撤退が条件だったらしい。
だが、その協定は守られること無く、九州の軍は多大な犠牲を払って本州に撤退することとなった。
「失礼だが、あなたに強硬派を止めることができますか?」
「信じられないのももっともな話ですが、私は共生派のリーダーであると同時に、あなたたちが幻獣と呼ぶものたちの女王でもあります。私はこれ以上の侵略を求めてはいません」
「ならば、あれはどういうことですか?」
いつの間にか、二人は幻獣に囲まれていた。
ほとんどは小型幻獣だが、スキュラが何体か混じっているのが見えた。
これだけの軍勢に囲まれても、厚志は動揺したりはしなかった。
自分の実力に自信があることもあるが、ここには瀬戸口がいるのだ。
「そんな! 止まりなさい! これは命令です!」
共生派のリーダーは、慌てて群れに指令を出したが、敵意は増す一方だった。
「悪いと重いますが、全滅させます」
厚志はリューンを集めると、精霊手を発動させた。
その一撃で、幻獣の半分が吹き飛ぶ。
「精霊回路! なんて威力だというの……あなたがこの世界の王だと言うのは正しかったのですね」
「まだ、世界は私のものじゃありませんよ。すぐに手に入れますが」
瀬戸口。
テレパシーで厚志は瀬戸口を呼んだ。
すると、幻獣の背後から、士魂号西洋型が剣をかざして突っ込んできた。
流れるような動作で、次々と幻獣を屠る姿は美しかった。
その間も、厚志は青い光を放つ拳を振るって、ついに幻獣を一匹残らず殲滅した。
「なんて愚かな。彼らの代表として謝罪します。だからどうか、和平を受け入れてください。このような過ちは繰り返すべきではないのです」
「勝手ですね。だが、私も勝手なので、あなたの言葉は利用させていただきます。ユーラシア大陸は渡しますが、日本とアメリカとアフリカは我々のものとする
。それが条件です」
女性は深く頷いた。
こうして、二人の会見は終了した。
「うまくいくかね」
瀬戸口は厚志を抱きしめながらそう言った。
彼女の意思は、幻獣の総意ではない。
和平など、本当に成功するのか。
「うまくいかせるさ。彼女には悪いが、強硬派は殲滅させてもらう。強硬派さえいなくなれば、大多数の彼らの民は、女王である彼女につくだろうからな」
「簡単なことじゃないぜ」
「オレにできないと思うのか?」
厚志は花のように微笑んだ。
それにつられて、瀬戸口も笑った。
魔王陛下の思いのままに、世界は進んで行く。
それを小気味よいと思う。
自分はどこまでも厚志についていく。
それが誓いだから。
これが愛だと呼べれば、どんなによかっただろう。
だが、瀬戸口は満足だった。
厚志の周りには、もう瀬戸口しか残っていないのだから。
こんな時も厚志のペットである喜びを噛みしめる瀬戸口だった。
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