ある晴れた日、虎の家から桃が届いた。
真っ先に桃を剥けと言ってきそうな虎こと大河は、桃を持ってきたら用事があると言って出て行ってしまった。
明日来るから残しておいてねとは言っていたが、今日はもうこないらしい。
こんな日に限って、凛も桜もイリヤスフィールも、ついでにランサーも連絡が取れない。
この大量の桃をどう処分するべきか私が思案していると、衛宮士郎がバイトから帰って来た。
今日のバイトは、いつもの居酒屋ではなく、倉庫の荷物整理だったはずだ。
帰って来た姿は、こころなしか汚れてくたびれている。
疲れた様子が見えないのは、日々の修練が一応成果をあげているということだろう。
正直言うと、私と道をたがえたかつての私自身が、どう成長していくのか興味が無いわけではない。
そんな時間はおそらく与えられていないと理解しながらも、そう思ってしまうのは未練だ。
他者を憎むことができずに、ただ己の存在を抹消しようとした私は、答えを得た今でも衛宮士郎に奇妙な執着を覚える。
自分と同じだと思ったからこその嫌悪だったが、同じでありながら異なる道を進んでいるかつての自分に対する複雑な感情は、己自身にも理解しがたい。
「うわ! この桃どうしたんだ?」
箱詰めされた桃を見て、衛宮士郎が驚きの叫びを上げた。
「大河が持ってきた。桃は日持ちがしないというのに。明日凛たちと連絡がつかなかったら全部加工するしかなかろう」
「え? 遠坂いないのか? ランサーも?」
「桜もイリヤスフィールも留守だ。今日の夕食は桃しかないぞ。少しでも量を減らさんとな」
残りは明日皆を呼べばいい。
留守が続くようなら、シロップ漬けにして菓子を作ってもいいだろう。
大河がくるのは確実だと言ったら、納得の表情で、衛宮士郎が息を吐いた。
「藤ねえなら全部食えるよ。皆の分が確保できるのかな」
「それも大河に伝えておこう。覚悟するのだな」
「ちょっ! 冗談だよ! 本当に藤ねえに言う気じゃないだろうな?」
必死な顔が少し面白かったので、さあな、明日の気分しだいだと答えておいた。
不満そうな表情を浮かべるのが楽しくて、喉の奥で私は笑いを噛み殺した。
「それよりさっさと風呂に入って着替えて来い。埃っぽくてかなわん」
「言われなくても、そうするつもりだったよ!」
わざとそう仕向けたのだが、怒らせてしまったようだ。
私に対して感情を剥き出しにする衛宮士郎を見ているのは楽しい。
それがどんな意味でもいい。
もっと私を意識させたい。
これはどんな感情から来るのか知らない。
ただ一時的にでも、私の手の中に収めたかった。
凛に対する裏切りを意味していたとしても、少しばかりの猶予が欲しい。
必ず君に返すから、共有することを許して欲しいと私は願った。
歪んだ自己愛と人は言うのかもしれない。
だが、衛宮士郎は、私にとって他人ではない他人なのだ。
あれは私にはならないのだから。
私が今でも愛していたと思えるのはセイバーだけだ。
そのセイバーも、今のセイバーではない。
彼女はもうどこにもいない。
剣の丘に、彼女の形見の聖剣だけが佇んでいる。
それも私が創った偽物だ
それだけを支えに私は生きて死んだ。
他に愛したものは誰もいない。
彼女に恥じない生き方をしたかった。
それを思い出させてくれたのは、殺そうとしていた自分自身だったというのは皮肉なことだ。
かつての聖杯戦争で、消えていくときにも未練など感じなかった。
しかし、再召喚されて、私はいつの間にか衛宮士郎が欲しくなった。
短い時間しかないと分かっていれば、なお強く欲望は強烈だ。
誘ったのは私だった。
衛宮士郎は私の執着に巻き込まれただけだ。
それでよかった。
愛しているわけじゃなく、愛されたいわけでもない。
抱き合いたいという欲望だけが、純然とそこにあった。
剥いた桃を切らずにそのまま齧ると、甘い果汁が口の中に溢れた。
その甘さに誘われるままに丸ごと食べつくすと、べたついた指先を私は一本一本舌を使って舐めた。
「な……なんて食べ方してんだよ。桃ぐらい切って食べろよ」
「この方がおいしく感じるのだがな。ためしてみるといい」
「……遠慮しとく」
気配は感じていたが、風呂から上がった衛宮士郎がうろたえた声を上げた。
桃はエロティックな果物だ。
私の食べ方は、閨の私を知っている衛宮士郎には、刺激的に映ったらしい。
もう何度も情を交わしたのに、いつまでも新鮮で可愛らしいことだ。
私をちらちらと見ながら、自分の桃を器に切っている衛宮士郎を挑発するように、私は二つ目の桃を口に含んだ。
「あっ」
桃を食べていた衛宮士郎が声を上げた。
果汁が私の喉を伝ったのが気になったらしい。
私は笑って衛宮士郎を誘った。
「舐めてみるか?」
「な、なんで、そんなことしなくちゃいけないんだよ! 拭けよ行儀が悪い……」
最後の方は声に力がなくなっているのがおかしい。
私は流れる果汁をそのままにして、指に付いた甘い液体で、衛宮士郎の唇をなぞった。
「甘いだろう?」
「な…な…なに? も…もしかして誘ってる?」
「無粋な奴だな。わざわざ口にすることでもないだろう。わざわざ確認が必要か?」
今頃気が付いたのかとおかしくなって、私は右手の人差し指を、そのまま相手の口の中に押し込んだ。
すると、おずおずと衛宮士郎が指を舐めだした。
背中から腰にかけてがぞくぞくする。
口にした指を舐め終わると、他の指にも舌が這わせられた。
苦痛には強いが、快楽に弱いのが私の性だ。
もちろん拷問としての快楽には抵抗できるが、受け入れるつもりでいる快楽にはひどく弱い。
私は女性を抱いた経験はあまりないと思う。
おぼろげだが、男に抱かれた数の方が多いだろう。
それもあまり本意ではなかったと思うが、染み付いた経験は、私の体を熱くさせる。
今すぐ衛宮士郎が欲しかった。
それは食欲にも似た衝動だ。
指を舐めさせたまま、片手で衛宮士郎のズボンをゆるめると、下着から立ち上がりかけたものを口に含んだ。
何度か舌を使って舐め上げ、喉の奥で締め付けると、先走りの液体が口の中に溢れてきた。
それは苦味を伴うはずなのに、魔力でできた霊体である私には、ひどく甘く感じられた。
魔力の源だからそう感じるのだろう。
すっかり硬く立ち上がったそれを強く吸い上げると、衛宮士郎が体を震わせて、私の喉に魔力の流れを吐き出した。
一滴残らず飲み下すと、媚薬でも飲んだような酩酊感と同時に、体中に魔力が漲っているのがわかる。
「お前って、本当においしそうにそんなもの飲むよな」
呆れたように衛宮士郎が呟いた。
実際うまいのだからしかたがない。
私は黙ったまま、もう一度肉棒を育てると、自分から下着ごとズボンを脱いだ。
舐められて十分唾液に塗れた指を使って、自分で秘所をほぐしていると、衛宮士郎が唾を呑み込んだ。
相手も興奮しているのがよくわかる。
楽しかった。
もっと私に溺れればいいのにと思う。
跨った状態で深く口付けると、先ほど飲んだ精液よりも、桃の味が広がった。
飲みきれなかった二人分の唾液が喉を伝うのを、衛宮士郎の舌が辿っていく。
まるで桃に媚薬の効果でもあるように、その甘さは淫靡だった。
すでに準備が整っていた私は、衛宮士郎の熱塊に腰をゆっくりと落とした。
「はっ……あ……ん」
誰もいないのに声を殺す必要は無い。
私は自分から腰を動かして、嬌声をあげた。
衛宮士郎も、下からやや乱暴に突き上げてくる。
たまらなかった。
もっとぐちゃぐちゃにして欲しい。
突いて抉って、最奥に魔力の奔流をぶちまけて欲しい。
「うっ……出る……」
その言葉の後に、熱い液体が直腸に流し込まれた。
若い体は、それでもまだ萎えない。
それを腸壁でぎゅっと締め付けると、その刺激で私も達し、熱杭は元の硬度を取り戻した。
私は一度離し難い熱の棒を引き抜くと、手足を床につけて、腰を上げて、尻を差し出すような格好になった。
すぐに、背後から衛宮士郎に貫かれる。
揺さぶるように動かれて、出されたばかりの液体が内部でぐちゅぐちゅと音をたてる。
全てが快感を助長した。
もう一度白濁した液体を注ぎ込まれると、魔力に酔って私の意識は途絶えた。
「あ、目が覚めたのか?」
いつの間にかパジャマに着替えさせられて、私は自室として与えられた切嗣の部屋で布団に寝かされていた。
窓の側の机の前には、衛宮士郎が凛から借りた魔術書を持って座っている。
「よくお前の力で、私を運べたな」
「鍛えられてるからな。楽とは言わないけど、そんなに重労働でもなかった」
ここは素直に感心してやるべきなのだろうが、私はそれをあえて無視した。
気にした様子も無く、衛宮士郎が部屋を出て行こうとするので、私は起き上がって軽く唇を奪った。
「な、な……お……おやすみ!」
真っ赤になって走り去る姿を楽しみながら、私は唇に指を当てた。
「甘いな」
明日はきっと全員が集まるだろう。
衛宮士郎が、桃を見て挙動不審にならなければいいのだが。
それもまた面白いかと、私は笑った。
愛しているわけではない。愛されたいわけでもない。
ただ、抱き合っていたい。
時間がいつまで残されているのかは知らないけれど。
そして私は眠りについた。
[5回]
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