マスターからの魔力供給が十分なので、別に眠る必要は無いのだが、趣味で昼寝をしていると昔の夢を見た。
夢と言うのは正確ではない。
英霊は夢を見ないのだから。
だからこれは、自分の中から漏れ出した、過去の記録だ。
懐かしい記憶だった。
そこには俺が愛した俺の妻がいた。
気の強い女だった。
この女が手に入らないなら死んだ方がマシだとさえ思った。
そして、影の国まで修行に行って、最後にはエメルを手に入れたのだ。
はっきり言って、俺はもてた。
女神でさえ俺に惚れたし、国中の女に時には男にももてまくった。
だが、エメルは俺の求婚を断った。
理由は俺が半人前だからだ。
影の国の修行は厳しかったが、尊敬できる師匠と兄弟弟子に囲まれて、俺は案外その生活が気に入っていた。
エメルを手に入れるには、難題はいくつかあったが、それも乗り越えて最愛の妻を俺は得たのだ。
記録の中の俺とエメルは幸せそうだった。
叔父と息子を手にかけてしまった俺だったが、人生を後悔したことはなかった。
思うが侭に生きて、死んだ時にも悔いはなかったが、やはり最愛の女の心を手に入れられたのは、死んでからも俺の自慢だ。
どんな名声も富も、惚れた相手の心には変えられない。
死ぬまで俺はエメルを愛していた。
目が覚めた時、俺の機嫌は最悪だった。
記憶を閲覧していた時は幸せだと思ったのだが、あれはもう取り戻せない過去の記録だ。
惚れた女にもう会えないことに未練はないのだが、起きる前にあの皮肉屋の弓兵もこんな記憶を抱えているのかと思うと、言いようのない不快感がこみ上げてきた。
あいつの座の中心で、俺はセイバーの聖剣を見た。
真作にも劣らない輝きを放つ贋作は、奴の心の中心でもある。
エミヤの心の芯はセイバーかと思うと、嫉妬で暴れだしたくなった。
それは、セイバーがエミヤの中で過去になっていないと俺が感じているからだ。
あいつの愛したセイバーとは違うが、実際に目の前にセイバーがいるから余計に気にかかる。
坊主が惚れてるのは、今は俺のマスターの嬢ちゃんだし、異なる次元とはいえ本質は同じだから、きっと今でもあいつはセイバーに惹かれているのだろう。
いや、それはあいつの中では過去の出来事で、自分が愛したセイバーと今のセイバーとは、きっちり区別がついているようではあるが、油断はできない。
俺は欲しいものはなんでも手に入れてきたが、心だけは自由にならないものだとわかっている。
だから俺はあいつに対して手は抜かない。
エメルを確かに愛していたが、今はあの融通の利かない莫迦な男に本気で惚れているのだから。
何故かと問われても、俺の本能があいつを欲しがったからだとしか言えない。
聖杯戦争中、あれだけ気に入らなかった謎の弓兵は、その中身を知れば知るほど惹かれずにはいられない魅力的な存在だった。
それを当の本人だけが認めようとしない。
あいつの最大の欠点である自己否定は、俺を苛立たせ、余計にあいつから目を離せなくする
「ああ、喰いてーなぁ」
心も体も蕩けさせて、あいつの全てを貪りつくしたい。
そうすれば、きっとあいつも満足なのだろうに、卑屈の塊であるあの男は、そう簡単には絆されてくれない。
体だけなら、何の価値もないように与えられるのに、心は頑なに侵入を拒むのだ。
体だけでも与えられるなら喜んで受け取るが、生憎俺は欲張りにできているので、あいつの全てを手に入れるまで満足する気はない。
だから今夜も意固地な弓兵を手に入れるために、衛宮邸まで通ってやることに決めて俺は勢いよく飛び起きた。
なんにしても、まずは掃除だ。
今のマスターは人使いが荒いのだ。
家事のプロであるエミヤには敵わないが、働くのは嫌いじゃないし、家事も修行時代で慣れている。
何と言っても、この時代には掃除機という便利な道具があるのだ。
今夜のあいつの嬌態を楽しみにしながら、俺は鼻歌交じりに部屋を片付け始めた。
「きみも飽きないな」
呆れたようにエミヤは俺を出迎えたが、魔力不足で睡眠を必要とするくせに、こんな時間に起きていたのは待っていた証拠だ。
だけど俺はそれに触れなかった。
「お前はそろそろ俺の本気を思い知るべきだと思うぜ」
「単に欲求不満なだけなんじゃないのかね。物好きなことだとは思うが」
「ただの欲求不満で男に勃つかよ」
「きみが生きた時代では珍しいことでもないだろう」
「いや、それはそうなんだが。俺は本気でお前が欲しいんだよ!」
エミヤは首を傾げると、いつもの台詞を言い放った。
「きみが言っている意味が解らない」
解りたくないの間違えだろ。
代わり映えのしないやり取りに、俺はキレた。
いつものように、布団にその鍛えられた体を押し倒すと、首筋に口付けを落とす。
「今夜は泣いても許さないから覚悟しとけ」
「きみはいつもそうだろう」
その可愛くない言葉を俺は無視した。
がぶっと首に噛み付くと、噛み跡に舌を這わす。
それだけで敏感なエミヤは体を震わせた。
「体はこんなに素直なのにな」
「どこのおやじだね、きみは」
好きで感じやすいわけではないと言うのがエミヤの言い分だが、抱く方としては、こんなに愛しがいがある体は喜ばしい限りだ。
俺以外の男の存在など知ったことではない。
そりゃあ、気にならないといったら嘘になるが、しょせん生前のことだ。
今、エミヤを抱いているのは俺しかいない。
なら嫉妬するだけ無駄というものだ。
「今日は念入りに蕩かしてやるよ」
「きみという男は……好きにしたまえ」
少し顔を赤らめたエミヤを可愛いなと思いながら、綺麗な褐色の肌に指と舌を滑らせた。
その度に、抑えた喘ぎが漏れて、俺の耳を楽しませる。
無茶苦茶にしたくてたまらない。
どうしようもなくその存在に溺れてしまう。
体中を丹念に愛撫したら、すっかり体は潤っていて、俺を容易に受け止めた。
肉棒を全部呑み込ませると、じっくりとその裡を堪能する。
「はぁ、あいかわらず、いい体してんな」
「あ……んっ、う…うるさい!」
軽く揺するだけだった動きを激しいものにすると、悲鳴のような喘ぎがひっきりなしに漏れ出した。
熱くて狭くてぬるぬるしていて、エミヤの裡は最高によかった。
エミヤが精を吐き出した次の瞬間、強く締め付けられた俺も、最奥に熱い飛沫を叩きつけていた。
何度か体位を変えて交わって、エミヤが泣いて縋る力もなくなった頃に、ようやく俺は白濁した液体に塗れた体を解放した。
エミヤは声もなく、必死に息を整えている。
その横に寝そべって、エミヤの髪を撫でながら、俺は気になっていたことを聞いてみた。
答えてくれるとは思えなかったが、聞いてみたかったからだ。
「なあ、お前は今でもセイバーを愛しているのか?」
エミヤはほんの少し顔をしかめると、ふいと横を向いてしまった。
ただ、期待していなかった答えが返って来た。
「彼女を忘れたことはない」
「それって、今でも惚れてるってことだよな」
「何故そうなる。彼女を忘れるには、あまりにも彼女は眩しすぎた。だが、それも生前のことだ。今でも私の中心に彼女がいるのは確かだが、失った大切なものを忘れられないのは当然のことだろう。忘れられないのは確かだが、今も愛しているとは言えないな」
嘘をついているようには見えなかった。
それでも納得できずに、俺は言葉を重ねた。
「今のセイバーに惹かれていないと言い切れるのか」
「何を言うかと思えば、今のセイバーは、私が失った彼女ではない。それを取り違える私ではないが。私に何を言わせたいのだね」
「俺に惚れてるって言えよ」
そう言うと、エミヤは少し笑って、こっちを向いた。
「きみを愛さずにはいられない。だが、私は私のものではない。だからきみのものにもなれないだけだよ」
いつか、世界からも奪ってやるよ。
そう思いながらも、俺はそれを言葉にしなかった。
ただ心を込めて、エミヤに口付けた。
俺にも忘れられない女がいる。
だけど今はお前を愛している。
その想いが伝わるように願いながら、ただ黙って抱きしめた。
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