池袋の自動喧嘩人形こと平和島静雄に恋人ができたことは、宿敵の新宿の情報屋でさえ知らないトップシークレットだ。
別に静雄自身には隠す気はないが、相手はまだ高校生だし何より性別が同じなので、いっしょにいても誰も恋人同士だとは気が付かないのだ。
自分が池袋では悪い意味で知られた存在であるだけに、静雄には相手に対する引け目があって、人前では普通に接しようと心がけているせいもある。
そんなことは気にせずに、自然体で静雄に接してくる恋人である竜ヶ峰帝人の存在に、静雄は毎日感謝している。
これは奇跡なんじゃないかと本気で思っているぐらいだ。
自分達をめぐり会わせてくれたセルティは、新羅が言うように天使に違いないとまで考えて、静雄は自分が浮かれていることを少しだけ反省した。
「どうしたんですか? 静雄さん」
ベンチに座って、静雄を見上げてくる帝人の童顔は、何度見ても可愛くてしょうがない。
「いや、なんでもねーよ」
静雄は思わず胸を押さえた。
挙動不審な静雄の行動に不思議そうにしながらも、帝人はマイペースにコンビニのカップアイスを食べている。
二人が知り合ってから一ヶ月ほどになるが、付き合い始めたのは、まだ10日前のことだ。
できたての恋人にどう接したらいいのか、静雄にはわからなかった。
大体、静雄の人生で恋人ができたのは、正真正銘帝人が初めての相手だ。
昔は好きな女もいたが、自分の特異体質と極端に短気な性格のせいで、相手を傷つけてしまうことになり、恋愛とは自分は無縁なものなのだと思っていた。
それが、男子高校生と付き合うことになったのだから、運命とはどうなっているのかわからない。
何故付き合うようになったのかと言うと、それは静雄にもよくわからない。
ただ、帝人は静雄の噂だけではなく、臨也との殺し合いを現実に見ながら、それでも静雄を恐れなかったというのが大きい。
新羅のマンションで鍋をつついていた時に、向けられた笑顔に顔が赤くなった。
つまりは一目惚れだったのかもしれない。
自分のことはいいが、帝人が静雄を選んだ理由がどうしてもわからなくて、実は静雄は不安だった。
この関係は、帝人が静雄に告白したことから始まっている。
帝人が自分を好きになった理由がわからない静雄にとって、毎日が緊張の連続だった。
「あのよ。お前は、こんなんでいいのか? 俺といてもつまんねーんじゃねーの?」
そう言うと、帝人は目を丸くして、次の瞬間はんなりと笑った。
「そんなわけないじゃないですか。静雄さんって意外と自分を知らないですよね」
「どういう意味だよ」
帝人といると、静雄がキレることはほとんどない。
臨也が現れると、条件反射的に頭に血が上るが、帝人といっしょだとそれも抑えられる。
帝人は静雄の精神安定剤みたいなものになりつつあった。
たった10日付き合っただけなのに、もう帝人に依存している自分が怖かったが、それ以上に帝人に嫌われるのは怖かった。
好かれた理由がわからないので、嫌われる恐怖は何倍にもなる。
だから、帝人が自分をどう思っているのかが知りたかった。
「静雄さんって、兎に似てるなと思ってたんです。兎って寂しがりやで、感情豊かな動物ですけど、案外凶暴な生き物でもあるんですよ。でも凶暴になっても優しくすれば大人しくなるんです。そんなところが静雄さんそっくりだなと思って、僕は兎が大好きなんです」
兎に例えられても、静雄に怒りはなかった。
ただ、そんな風に自分を見る視線が面白いなと思って、口の端を吊り上げる。
「俺が兎なら、お前はなんなんだ? やっぱり狼か?」
「いや、僕が狼なわけないでしょ。静雄さんって発想が突飛ですね」
あははと笑いながらアイスを食べ終わった帝人は、カップを近くのゴミ箱に捨てた。
帝人は静雄もセルティも恐れない。
静雄は自分が言ったことは、案外当たってるんじゃないかと思った。
短い期間にもわかったが、帝人は非日常を愛している。
首なしライダーも、池袋最強の男も、帝人にとって恐怖の対象ではない。
むしろ愛すべき存在なのだ。
帝人が静雄を兎だと言うのなら、多分その通りなのだろう。
なら、帝人が狼でも不思議はない。
「いつか、俺が帝人に食べられちゃったりしてな」
帝人に食われるなら、それはきっと嬉しいことだ。
まあ、狼を食べる兎がいてもいいかもしれないが。
「静雄さん、次どこ行きましょうか?」
「ああ、そろそろ飯でも食いに行くか。露西亜寿司でいいか?」
「あっ、僕割引券持ってます」
「じゃ、決まりだな」
何もかもまだ始まったばかりだ。
静雄の不安は、いつの間にか消えていた。
狼と兎のカップルは、並んで池袋の街に消えて行った。
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