夜の池袋を、静雄と帝人は並んで歩いていた。
手が触れ合う距離は恋人同士の距離だ。
何度も手を握ろうとして、静雄は躊躇って諦める。
帝人から告白されて、付き合うようになってから半年がたつが、未だに静雄は互いの距離が掴めない。
帝人は夏休みに入っているが、静雄の仕事は、世間の休日が繁忙期だ。
自然とデートは、静雄の仕事が終わった後の夜になる。
高校生を付きあわせるには遅い時間だが、帝人から苦情が来たことはなかった。
それどころか、夜の散歩を楽しんでいる風がある。
平凡に見えて、物怖じのしない帝人の性質を静雄は好んでいる。
だけど、帝人の考えていることは、いつまでたってもわからなくて、わからないことにイラつくより、静雄は静かに困惑していた。
帝人は時々突拍子もないことを言い出して、静雄を混乱させた。
それを嫌だとは思わない。
かえって面白いと思った。
そう思うたびに、この子供に惹かれている自分に気づく。
自分を見上げる笑顔を見ると胸が苦しくなる。
どんだけ俺はこいつを好きなんだと、いっそ笑えてくるぐらいだ。
30センチ近い身長差がある小柄な体は、華奢すぎて、静雄が触ると壊れてしまいそうで怖い。
昔あった事件から、好きな人を作るのは止めようと思っていた。
自分が愛しても相手を傷つけるだけだと信じていた。
普通の生活など諦めていた自分を、帝人は好きですの一言で打ち砕いた。
最初は断るつもりだった静雄を釘付けにした強い視線が、忘れられなかった。
セルティの知り合いだというのだから、帝人も普通の少年ではないのだろう。
その全てを知ろうとは思わないが、帝人の目と言葉には力があった。
今はまだ未知数だが、帝人は何者かになろうとしている。
それは静雄のように人間離れした暴力によるものではなく、人を従える特別な何かだ。
帝人の側にいると、自然と落ち着いてくる。
楽と言うのとも違う、どちらかというと安心するのだ。
どんなことからも守ってやろうと思っているのに、こっちが帝人に守られているような気さえする。
不思議な奴だよなと思っていると、隣の帝人が携帯を取り出した。
メールが入ったらしい。
ちらちらと横を見ていると、帝人が唇の端を吊り上げた。
その童顔に似合わない大人びた笑みに、静雄は引き込まれた。
「静雄さん」
「あ? なんだ?」
「私のものになりませんか?」
「は?」
視線の先には満面の笑顔の帝人がいる。
静雄は帝人の意図を図りかねた。
時折、帝人の一人称は私になるが、そういう時の帝人の思考は読めない。
新羅が適当に一人称を変えて会話するが、あれは別に使い分けているわけではない。
帝人は明らかに意味を込めて私と言う。
だからこれは冗談じゃない。
帝人なりの本気の誘いだ。
考えるまでも無く、静雄は答えた。
「いいぞ。お前が俺だけのものになるんなら」
それが叶うなら安いものだ。
静雄は本気でそう思った。
だが、帝人はくすっと笑うと、冗談ですよと返してきた。
「お互いだけのものになるって、案外難しいものですよね」
「俺たちは付き合ってるんだよな?」
「ええ、そうですよ。でも付き合ってっても、なかなかお互いだけのものになってる人は少ないと思うし、逆に付き合って無くても、相手を自分のものにできることもありますよ」
何かがひっかかる。
静雄はなんだかイラついた。
「お前はもう誰かのものなのか?」
そんなわけはない。
それで静雄と付き合えるほど、帝人は擦れていないはずだ。
「そんなわけないじゃないですか。僕は静雄さんと付き合ってるんですから」
「じゃあ、誰かがお前のものなのか?」
「さあ、どうでしょう。ないしょです」
「おい」
「冗談。冗談ですよ」
いつの間にか、一人称が僕に戻っていて、静雄は力を抜いた。
帝人の本心はいつも読めない。
だが、帝人が自分だけのものになるのなら、帝人だけのものになってもいいと思ったのは本心だった。
帝人は自分だけの誰かを手に入れているのかもしれない。
そう思うと、嫉妬で体が熱くなったが、帝人が冗談にしようと言うなら、そう思い込むようにしようと思った。
帝人は掴めない。
そこにひどく惹かれる。
だから翻弄されるのは、むしろ喜ぶべきことなのだろう。
「でも、いつかは俺だけのものになるんだろ?」
「なるかもしれませんね。先のことは分かりません。でも僕は静雄さんのことが好きですよ」
「俺もお前が好きだ」
両思いですねと言いながら笑う帝人を見て、さっきのあれは夢だったのだと静雄は思った。
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