『永遠に罪を犯し続けること────それが汝に与えられた罰』
錬金術師は、廃王子の半身を魔王に捧げ、残された半身を生きたカラクリと繋ぎ合わせた。
錬金術師の望みは、彼を王の中の王にすることで、王子の望みは、失われた彼の民と彼の姉の望みを叶えること。
王子を庇って亡くなった姉と亡国の民は、王子が真王であると信じていた。
真王になることは、王子にとって叶えなければならない約束であり、生きる理由でもあった。
ただひとつの座への執着のために、他の全てを失い、その座に着くこともできなかった王子は、どこで何を間違えたのだろう。
狂ってしまった王子が望んでいたのは、本当は何だったのか。
知るものは、もう誰もいない。
『俺が真王でないのなら何のために皆は死んだのだ!』
自分はまだ正気だろうか。
もちろん、正気でなどあるはずがない。
狂気は彼の性であり、魂に刻まれた罪の証なのだから。
いつからなどと問うことは愚かだろう。
そもそものはじめから、彼は狂っていた。
片目の錬金術師が、彼の体を二つに切り裂く夢を何度も繰り返す。
眠りは死に近い。
死は安らぎだ。
だが、罪深い彼に安らぎが訪れることはない。
夢は悪夢でしかなく、現実はさらに過酷で醜悪で容赦がない。
灰になっても、首を落としても、彼は死ぬことがない。
何度でも甦り、何度も苦痛を繰り返す。
絶望することにすら、もはや厭いた。
死ぬことができない自分は、人間とは呼べないだろう。
神か魔か。
「くっ……くくくくっ──くはぁははぁっ!!」
発作のように痙攣しながら彼は笑った。
神と魔が同じものであることを、彼はよく知っている。
彼に不死の呪いをかけたのは神々であり、それを望んだのは彼自身なのだから。
彼を殺せるのは、運命を分かち合う魂の半身ただひとり。
アガルタの呪いは、愛するものに七度殺されなければ解けることはない。
だが、赤毛の男は彼を忘れてしまった。
かつての仲間の全てが、記憶を奪われた。
彼らは神々との戦いに敗れたのだ。
最後の戦いは終わってしまった。
なのに世界は腐敗しながらも続いていて、彼だけが惨めな記憶を抱えて、暗闇でもがいている。
同じ過ちをまた繰り返した。
かつて、愛するものを供犠に、真王となることを望んだために呪いを受けたというのに、今度はただひとりの存在を忘れたくがないために、力の全てを神々に捧げた。
カオス=リヴァイアサンという男は、真王の僕であった戦士の抜け殻にすぎない。
今のカオスに、かつての霊力は欠片も残っていない。
虚ろで空っぽな器の中に、行き場のない記憶だけが詰まっている。
忘れたくなかった。
あの存在を忘れることなどできるはずがなかった。
「マダラ」
狂ったように哄笑しながら、カオスは泣いた。
憎しみも、嫉妬も、切望も、愛も、全てがマダラに繋がっている。
何度転生を繰り返しても、マダラを諦めることなどできなかった。
記憶以外に、マダラの存在を証明することはできないのに、繰り返す悪夢がそれすら奪おうとする。
これは妄想ではないのかと。
どこを切り裂いても、マダラへの執着以外存在しないというのに、マダラが確かに存在したことすら曖昧になっていく。
夢の中でも、目を覚ましても、彼がいるのは血生臭い暗闇の中だ。
現実と夢と妄想が交じり合い、ゆっくりとカオスの正気を蝕んでいく。
狂気はカオスの宿命だった。
あと一度、たった一度殺されれば、その宿命からも逃れられるのに。すべてを忘れてしまった赤い髪の男は、どうすれば自分を殺してくれるだろうか。
殺してくれ。
解放して欲しい……すべてから。
イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!
忘れたくない!
「哀れな男ね」
死んだ女に瓜二つの顔が、彼をのぞきこんで口付けた。
「でも、あなたの絶望は悪くないわ。私を楽しませてくれるもの」
女は死の匂いがする。
「リリス」
「由紀よ。それともキリンとでも呼んでくれる?」
「キリンは死んだ」
マダラの分身であり、マダラの姉にして恋人でもある霊獣キリンは、メギドの丘での最後の戦いの時、マダラとともにアガルタに回収された。
キリンを宿していた同じ名前の女医も死んでしまった。
ユダヤ。
魂の半身の名を、胸の中で呟いてみる。
現世において、彼女は、あの男の恋人だった。
アガルタに回収されたマダラを、再び現世に取り戻すために用意された恋。
前世から、キリンに対するカオスの想いは、恋ではなかった。
だが、限りなくそれに近いものではあっただろう。
彼女はマダラ自身でもあったのだから。
(ユダヤ。お前もまた俺と同じだ)
キリンを失ったユダヤは、今も東京を彷徨っているのだろう。
自分が本当には何を失ったのかわからずに。
「マダラに会いたいのね。会わせてあげてもいいのよ。あなたが協力してくれるなら」
「俺が欲しいのは、お前達が望むマダラじゃない」
「あら、妻を捨てて、王でありながら国を捨てて、息子を殺して、あんなにたくさんの死者の山を築いて、そこまで深く狂気と絶望に蝕まれてまで追い求めた存在でしょう」
ああ、そのとおりだ。
何もかもを踏みにじってきた。
自分は間違えたのだ。
望んだのは、自分が本当に望んでいたのは、真王としてのマダラではなかった。
「私が、あなたにマダラをあげるわ。カオス=リヴァイアサン」
それはマダラじゃないと心が叫ぶ。
リリスが生むマダラは、カオスが求めるマダラではあり得ない。
カオスが求めたのは、あの日、アガルタの扉を閉ざし、真王になることを否定したマダラだ。
(俺はお前に会えるのだろうか)
あの日のお前に。
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