静雄が折原臨也という、見た目は最高で、中身は最悪の男に出会ったのは来神高校の入学式のあとだった。
小学時代の幼馴染の岸谷新羅の紹介で対面した臨也は、静雄の弟の幽と同じくらい整った顔に笑顔を浮かべて言った。
「会えて嬉しいよ。静雄くん」
同性でも見蕩れるぐらい綺麗な笑顔だった。
白く秀麗な顔には、なんの作為もないように見えた。
だが、静雄は目の前の男を胡散臭いと思った。
この笑顔には裏があると、はっきりと感じた。
自分の直感を、静雄は信じていたから、臨也の言葉に静雄ははっきりと否定の態度を取った。
「わりーけど、俺は手前が信用ならねー」
「それじゃあ君たちを引き合わせた私の立場がないんだけど」
新羅が呆れるように言ったが、静雄はかまわなかった。
こいつはとは相容れない。それがわかっていたからだ。
笑顔を貼り付けたまま話を聞いていた臨也は、唐突に腹を抱えて笑い出した。
ハイテンションな笑い声に、静雄がギョッとすると、臨也は真っ直ぐ目を合わせて言った。
「予想以上に面白いよ君。噂に聞いていた以上だね。これからよろしくね、シズちゃん!」
「はあ? 誰がなんだって?」
「君のことだよシズちゃん。いいねぇ、口に馴染む。今日から君はシズちゃんで決まりだよ。楽しいねシズちゃん」
「ふざけんなよ、手前!」
「残念ながら俺はこのうえなく本気だよ。面白いな。君に会えて本当に嬉しいよ」
「最悪だな、手前は」
そう言っても、臨也は笑うばかりだった。
この時の臨也の笑顔を、何年経っても静雄は憶えていた。
最悪の出会いだったのに、笑顔の綺麗さを忘れられなくて、その記憶はいつまでも静雄を苛つかせた。
それからの学生生活は最悪の底が抜けたような有様だった。
臨也は静雄の力に興味があったようで、何度も自分のたくらみに利用しようとしては失敗した。
それを繰り返すうちに、互いが唯一の天敵同士になってしまった。
平和に暮らしたかった静雄を、臨也は放っておいてはくれなかった。
エスカレートする他校の襲撃を蹴散らすうちに、静雄の人間離れした力は増していった。
どんどん普通から離れていく自分が怖かった。
キレやすい静雄だったが、いつだって誰かを傷つけるのは恐怖だったのに、まったく自分の暴力をコントロールできなくて自己嫌悪ばかりだった。
だから静雄は自分を暴力へと駆り立てる臨也を憎んだ。
それは正確ではないかもしれない。
静雄が憎んでいたのは、暴力を抑えきれない自分自身だけだった。
だが、臨也は静雄の柔らかい部分を突くのが絶妙に上手かった。
無理矢理に静雄の意識を自分に向けさせることに、臨也は向きになっているようだった。
放っておいてくれればいいのに、何故こいつは俺を暴力へと駆り立てるのだろうかと何度も思ったが、答えが出る前に臨也に挑発されて、意識は臨也一色になっていった。
それでも最初の頃は、新羅を挟んで休戦状態になることもあったし、他愛無い話をして時間を過ごしたこともあった。
すぐに殺し合いの喧嘩をすることもしばしばあったが、相容れないと思っても、静雄にとって臨也は普通の人間だった。
挑発に乗らずにいられないだけで、臨也を特別だと思ったことはなかった。
せいぜい気に入らない理解不能な相手としか、静雄は臨也を認識していなかった。
変化したのは、高校2年の修学旅行の時だった。
その時のことを、静雄は今でもはっきりと憶えている。
あらゆる意味で臨也を特別だと意識した、それが最初の事件だった。
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