科学者達の代表であるルラーンは、鉄甲龍の浮上に不安を隠せなかった。
20年以上前からルラーンは八卦衆と幽羅帝に対して秘密を持っている。
それは裏切り者木原マサキについてだった。
先代の帝を殺害したのはマサキだったが、そのマサキが帝の愛人だったことは、もはやルラーンしか知らないことだ。
隠すべき秘密はもっと深く残酷なものだったが、マサキが去った後、先代との関係を知る全員をルラーンは謀殺した。
マサキはただの科学者の一人ではなかった。
あらゆる方面で天に愛された選ばれた人間であり、愛人とはいえ、帝と対等の実権を握っていた幹部だったのだ。
支配下にあるものたちは、その事実を知らされていなかった。
知っていたのはごく一部の帝の側近とマサキの子飼いの部下達だけだった。
ルラーンはいずれ八卦衆になる子供達のために、その全員を罠にはめて処分した。
だから今の幹部達はすべて、木原マサキをただの裏切り者の科学者だと思っている。
才能に差はあれど、両翼として鉄甲龍の技術部門のトップにマサキと共に立っていたルラーンは、マサキの全てを知っていた。
その恐るべき才能も、思惑さえも。
だがルラーンはそれを誰にも漏らさなかった。
マサキの裏切りも予見しながら、それを傍観していた。
ルラーンは今でもその時の自分の心情が理解できずにいる。
マサキの才能に嫉妬していた。
その美貌としなやかな体に焦がれていた。
ルラーンの思いを知りながら、彼以外の誰にでも抱かれたマサキを憎んでいた。
マサキのカリスマと非情な精神を愛していた。
そのどれもが本当だった。
マサキが死んだと聞いたときに感じた感情は、安堵だった。
これでもう苦しまずにすむと、その時は思ったのだ。
だが、それは大きな間違いだった。
死んでからの方が、マサキは大きくルラーンを支配した。
鉄甲龍は、マサキの呪縛が大きすぎる。
それを知るのはルラーンだけだ。
鉄甲龍の浮上は、世界を支配するためのもの。
だが、それを実行する前に、マサキが盗み出したゼオライマーを倒さなくてはならない。
ルラーンはその操縦者をよく知っていた。
それゆえに不安でならない。
勝っても負けても、それはマサキの思惑通りではないのかと。
幽羅帝に対するルラーンの心情は複雑だった。
彼女は鉄甲龍の帝に相応しく、気高く美しい。
それがルラーンを惑わせる。
真実を告げるべきか否か、残酷なだけの本当のことを知らせるが正しいのかどうか、ルラーンは深く悩んでいた。
審判の日は近い。
ルラーンは深い闇を抱えたまま、謁見室へと向かった。
狭い部屋に閉じ込められた秋津マサトを、沖は今日も冷静に観察していた。
閉じ込めたばかりの頃は、何度もドアを叩いて叫んでいたが、それも少なくなってきた。
マサトは何も知らない普通の少年だ。
来るべき日のために、あえて普通に育てるように、養い親に指示していた。
ゼオライマーに搭乗できるたった二人の片割れ。
15年前に赤ん坊だったマサトを手に入れたときから、この日が来るのはわかっていたことだ。
それでも、沖たちは、約束の日が来るまで、マサトに接触しようとはしなかった。
ゼオライマーを操縦するために訓練は必要ない。
戦士としての心構えも不要だ。
秋津マサトの肉体さえあれば事足りる。
少年は、ゼオライマー起動の鍵に過ぎない。
ただし唯一無二の鍵ではあるが。
沖はもしかすると自分は怖かったのかもしれないと思った。
マサキの残したものに接するのが怖かっただけなのかしれない。
美久はいい。
美久もまたマサキが残したものだが、そこにマサキの面影を見ることは無い。
だが、マサトはマサキのクローンだ。
こうして見ると、マサキとは似ていないが、近くに接していれば、マサキと重ねずにはいられなかっただろう。
沖はマサキを殺したことを忘れられない自分を自嘲した。
罪の意識は、常に沖を苦しめる。
命令があったからマサキを殺したわけではない。
ただ自分は、マサキを誰にも奪われたくなかっただけなのだ。
マサキを抱いた熱さを、昨日のことのように思い出せる。
沖はマサキという存在に完全に溺れていた。
あの悪魔のように魅惑的な男を、心から愛していた。
マサトという少年を生贄にして、自分はマサキを取り戻そうとしているのかもしれない。
ラストガーディアンの司令でありながら、沖はゼオライマーの復活を心待ちにしていた。
マサキが何をしたのか、沖は正確には知らない。
だが、ゼオライマーにマサトを乗せれば、マサキを復活させられるかもしれないということは聞いていた。
沖は何も知らない少年と、死者に縋らずにはいられない自分を、共に哀れだと思った。
ゼオライマーの復活まで、残された時間は少なかった。
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