罪歌が巻き起こした災厄とも言える事件の渦中で、事件を遠巻きに眺めながら、折原臨也は気が付いてはならないことに気が付いてしまった。
罪歌が愛したいと執着した平和島静雄のことを、臨也は人間全ての中で唯一嫌いな相手だと認識していた。
学生時代から、どうやっても自分の思い通りにならない男。
とても人間とは思えない暴力の権化。
だから臨也は静雄を化け物だと思うようにした。
しかし、彼がある意味誰よりも人間らしいことも知っている。
静雄がいなければ、自分は人間全てを愛せるのに。
臨也は人間を愛している。それがどんなに歪んでいても、それは確かに愛だった。
だから臨也は人間でありながら、その範疇から外れた静雄を陥れようとしてきた。
本気で命を狙ったことも一度や二度ではない。
実際に腹をナイフで刺したこともあるが、静雄の腹筋は臨也のナイフを5ミリほどしか受け入れなかった。
人を使ったこともあるが、どれも失敗に終わった。
人間を愛する以外に、考えることといえば、どうすれば静雄を排除できるかばかりだ。
本当に臨也は静雄が大嫌いだった。
少なくとも、罪歌がチャットを荒らすまでは、そう思ってきた。
罪歌が静雄の名前を出すまでは。
最初は静雄の関係者かと思って、ムカついただけだったが、罪歌の静雄への執着を知るにいたって、抱いた感情は怒りだった。
罪歌が妖刀の名であることを臨也は知っていた。
その母体となった少女のことさえ知っていて、静雄を殺すのに利用しようとしたのに、チャットで静雄の名前を何度も綴る罪歌に対して、静雄は誰のものにもならないと叫びたくなった。
そして気が付いてしまったのだ。
これは独占欲だと。
何故あの記者の前で、静雄のことを知っているのは自分だけでいいと言ってしまったのか。
それを思い返して、臨也は愕然とした。
もしかして、俺はシズちゃんのことが好きなのかもしれない。
青天の霹靂だった。
その瞬間、臨也の世界は裏返った。
学生時代に最初に出会ったときから、今までの全ての静雄を臨也は明確に憶えている。
執着するのは唯一嫌いな相手だからだと思っていたのに、自分は些細なことさえ憶えていたいほど静雄に惹かれていたのだ。
一通り悩んだ末、臨也は自分の気持ちを認めることにした。
気が付いてしまったものを、無かったことにはできないからだ。
でもその先を考えることはできなかった。
例えば、自分が静雄に告白したとして、受け入れてもらえる可能性は限りなくゼロに等しい。
また何か企んでいると思われるのがオチだ。
それは自分の今までの態度が悪い。自業自得だ。
だいたい、静雄に受け入れてもらえる自分が想像つかない。
「シズちゃんなんて好きになっても、不毛なだけじゃないか。俺の莫迦」
言葉にすると、予想以上に胸を貫いた。
考えれば考えるほど、今まで平気だったのが信じられない。
やっぱりシズちゃんなんて嫌いだと臨也は呟いた。
その言葉には、ある意味嘘は無かった。
静雄への好きという気持ちに気がついた今でも、静雄は臨也にとって邪魔な存在なのだ。
今更生き方を変えるつもりは無い臨也にとって、静雄はどこまでも異端者だ。
だから臨也は自分の気持ちと折り合いをつけるために、即物的な行動にでることにした。
誰のものにもならない静雄を自分のものにしてしまえばいい。
そんなことが可能かどうかはわからないが、自分だけの特別が欲しかった。
数日後、臨也は池袋に静雄を探しにやってきた。
別に探さなくても、いつだって静雄は臨也を見つけて追いかけてくるのだが、今日は追いかけっこをするつもりはない。
できる体でもなかった。
熱を持った体を引きずるように、臨也は静雄の姿を求めた。
今日の自分はいつもどおりではないことぐらい、そうした自分が一番よく知っている。
体は熱いだけではなく、些細な動きにもゾクゾクと反応した。
ちょっと早まったかなとも思ったが、男を誘った経験の無い自分が静雄を手に入れるには手段を選んではいられなかった。
臨也は池袋に来る前に、自分で媚薬を飲んでいた。
演技を本物にするためには、それしかないと思ったのだ。
池袋についた頃には、ちょうど薬が効きはじめていて、吐く息までが熱かった。
指先が微かに震える。
これじゃあ、ナイフが使えないなと自嘲した。
自販機が飛んできても避けられない。
へたすると死ぬなと思いながらも、今から静雄の反応が楽しみで仕方なかった。
でも俺、シズちゃんに会うまでもつのかな。
少し不安に思った次の瞬間、いつもの地を這うような声が聞こえてきた。
「いぃぃぃざぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁ!!!」
静雄に会えてこんなに嬉しかったのははじめてだ。
道路標識を片手に振りかざしてこちらに向かってくる静雄に、臨也はトップスピードで間合いを詰め、そのままがっしりと抱きついた。
「ああ? なにやってんだ手前! 離れろ!! 気色わりー!!」
「頼むから助けてよ、シズちゃん……」
臨也は熱に潤んだ視線で、静雄を見上げた。
精一杯心細そうに震えた声を出してみると、臨也の顔を見つめていた静雄の顔が、みるみる動揺していくのがわかった。
面白いかもと臨也は内心で呟いた。
高校時代から、臨也の顔だけは静雄の関心を惹けることを、本当は知っていたから、この表情は大変有効だろう。
動揺した静雄は、道路標識を放して、あたふたと臨也を見つめた。
「ど、どうした……ノミ蟲」
それでもノミ蟲なんだ。今はどうでもいいけどね。
体は限界が来ていたが、心は平静だった臨也はそんなことを考えて、平然と嘘をついた。
「薬……飲まされちゃったんだ。もう限界なんだよね……だから、シズちゃん……」
ホテルいこ?
臨也は泣きそうな顔を作って、静雄にしがみついた。
するとコートのフードを掴まれて、無理矢理引き剥がされる。
何故か激昂した静雄の顔が近づいた。
「ノミ蟲手前、そんな顔で男を誘ってんのかよ! 何人の野郎にそのツラ見せたんだ? あぁ?」
「やだなシズちゃん…俺…後ろはヴァージンだよ。そこらの男に…犯られたくない……から、シズちゃんに…助けてって……あ……」
本気が入り混じった演技を続けると、静雄は舌打ちして、いきなり臨也を横抱きにした。
これには臨也も驚いた。
およそ、静雄の行動らしくない。
「し…シズちゃん?」
恐る恐る静雄の顔を見上げると、視線で人が殺せるんじゃないかと思うぐらい凶暴な表情で、どこを見てるのか知らないが、一点を睨んでいる。
正直怖い。
「ああ、もういいからホテル行くぞ! 俺の好きにするから、苦情はきかねぇ!」
「ホントに? 相手俺だよ? シズちゃんの大嫌いな折原臨也だよ?」
「俺に犯されたくてきたんだろうが。今更怖気づいたのか? でもやめねえけどな」
「ううん。してくれるなら嬉しいけど……」
こんなに上手くいっていいんだろうか?
臨也は逆に不安になった。
静雄はいつだって臨也の思惑通りには動かない男だ。
一世一代の賭けだったが、自分は賭けに勝ったのだろうか。
不安げに静雄を見詰めると、肉食獣のように静雄が笑った。
食い殺されるのかな俺。
薬のせいばかりではなく、期待で胸が苦しくなった。
モッズコートで隠された臨也は、その細さから一見すると性別不明だ。
ホテルの部屋を適当に選んで鍵を受け取ると、誰にも不審がられずに静雄は扉を開けて、臨也をベッドに放り投げた。
結構な衝撃だったが、そんな痛みさえ快感に挿げ替えられてしまう。
媚薬は絶好調に効いていた。
これなら初めてでも大丈夫かなと臨也は内心でワクワクしていた。
男に抱かれるなんて冗談じゃないけど、それが静雄なら話は別だ。
でも静雄はどうだろう。
自分が男にも魅力的に映るらしいことは、中学時代からよく知っている臨也だったが、あれだけ自分を嫌っていた静雄にもそれが通用するのかは本当に賭けだった。
でも男って怒りでも欲情するしねと臨也は思った。
それにその気にならなかったら、無理矢理乗っかるつもりだったのだから、今の状態は成功した方だ。
のろのろと起き上がろうとすると、静雄の大きな手でベッドに押さえ込まれる。
「シズちゃん、痛いって」
「今すぐ犯ってやるから、大人しくしてろ」
誘っておいてなんだけど、何故こんなにやる気満々なんだろうか。
そもそも調査によれば、シズちゃんって、童貞じゃなかったっけ?
風俗も行かないみたいだし。
媚薬が効いてるから、何をされても快感を得られるだろうが、薬が切れた時自分がどうなってるのか、臨也は少し不安になった。
反対に静雄はノリノリだ。
何かスイッチが入ってしまったのかもしれない。
媚薬のせいで曖昧になった思考は、それでもいいかと納得した。
「あーシズちゃん、服は破かないでね。帰れなくなっちゃうから」
「破かねーから脱がさせろ」
そう言うと、静雄はコートを引っぺがし、バックルを外すと下着ごとジーンズをずり下ろした。
そのままロングTシャツを脱がせると、全裸にした臨也をベッドに転がす。
何故か異様に手馴れている。
「シズちゃん? な、なんで、こんなに慣れてるの?」
「手前に突っ込むこと何度も想像したからじゃねーの?」
「はっ? 今なんて……」
「うるせーから黙ってろ。でも声は殺すなよ」
何か凄い告白をされたような気がする。
でも素直に喜べない。なにそれ。ようするに体目当てなのかと、臨也は複雑になった。
別に体の関係だけでも作ってしまおうと思ったのは臨也のほうだったが、なんだか気分が悪い。
そんな臨也を置いてきぼりにして、静雄もバーテン服を脱ぐと、臨也の胸の突起を舌で転がし始めた。
途端に、電気が走ったような衝撃があった。
「あっあぁぁ、んっ、し…シズ…ちゃ……ん! そこ、やっ!」
男でも乳首は性感帯だと知ってはいたが、こんなにてき面に感じるのは媚薬のせいだろう。
それとも相手が静雄だからだろうか。
覚悟はできていたとはいえ、自分の体の反応に、臨也は戸惑っていた。
臨也の反応が気に入ったのか、静雄は片方の突起を吸い上げると同時に、もう片方を指でくにくにと潰したり引っ張ったりした。
その度に、臨也の口からは耐え切れない嬌声が漏れた。
「乳首だけで、すげー勃ってんな。びしょびしょじゃねーか。お前俺が見つからなかったら誰に犯してもらうつもりだったんだよ。誰でもいいとかふざけんなよ」
「あぁぁ……んっ、知ら…な…適当に、ホテルにでも…入って、ひとりで……」
「ひとりで満足できるのかよ。こんなにもの欲しそうな体しやがって、今のお前なら誰に捕まって輪姦されても文句は言えねーぞ」
「いや…だ、俺は……シズちゃ…んが…い…い」
「はっ、いつもこんだけ素直ならな。いや、それも気色わりーか。ともかく、俺がいいなら好きなだけしてやるよ」
「…う…ん、シズちゃんが…いい…シズ…ちゃ…ん…じゃ……な…きゃ…や…」
静雄以外に抱かれるなんて冗談じゃない。
相手が静雄だからここまでしたのだ。
やっぱり静雄が好きだと思って、たまらなくなった。
静雄がどんなつもりでもいい。
目茶目茶にして欲しい。これ以上ないぐらいに静雄の存在を刻み込んで欲しい。
自分をこんな風にしてしまう静雄が嫌いだ。それ以上に好きでたまらない。
それは多分、愛に似ている。
でもそんな愛を臨也は知らない。
わからないままに今は静雄だけを求める。
同じだけ静雄に求められたいと思いながら。
「……俺も、手前だけだ」
静雄の言葉を、蕩けた思考が微かに拾い上げた。
「ひゃっ……あぁぁぁ……んっ! シズ……ちゃ……し…ず……やぁ……ん」
自分の言葉をごまかす様に、静雄が臨也の肉棒を上下に擦る。
感じすぎて、苦痛なほどだ。
先端の小さな穴から、先走りの透明な液が零れて後ろにまで流れてくる。
その液を指で濡らすと、静雄は後孔に長い指を一本差し入れた。
媚薬と十分に濡れているせいで痛みは感じなかった。
何度か出し入れを繰り返すたび、指が増やされる。
「き……きもち……いっ……、あ……ん……シズちゃん……気持ちいいよ……」
「今、もっと気持ちよくしてやるから、待ってろ」
出し入れされるだけだった指が、中を掻き回すように動かされると、悲鳴のような嬌声が漏れた。
「うぁ……ひっ!」
指の束がある一点を擦ると、これまでとは比べ物にならない快感が突き上げる。
「シズ……ちゃ……ん! そこ、もっと……もっと擦ってぇ……や、指じゃ足りない! シズちゃんが……欲し……い」
「ああ、待ってろ。今突っ込んでやる」
静雄の声も上擦って聞こえたが、脳が、体中が、期待で震えて止まらなくて、その意味を考える余裕は無かった。
入り口に、滑った大きな塊を押し当てられ、もの欲しそうに穴が閉開を繰り返す。
ゆっくりと静雄の熱杭を挿入されると、息が詰まりそうになったが、太いものが臨也のいいところを擦って、快感に頭が白くなる。
「あ……ああっ! イっちゃう! も…でる!」
静雄の熱く太いものが、全部臨也の中に収まったときに、臨也は白濁した液体を腹の上に吐き出した。
媚薬で蕩けた体は、一回達したぐらいでは治まらない。
もっと静雄が欲しくて、臨也は静雄の首に手を巻きつけて引っ張った。
「挿れただけでイっちまったのかよ。まだまだこれからだぜ」
「うん。シズちゃん。もっとひどくしてもいいよ。好きにして」
「その言葉、後悔すんなよ」
「しないよ。ねぇ……はやく」
正真正銘男は初めてなのに、快感しか拾わない体がはたして媚薬のせいだけなんだろうかと自分の体を不思議に思ったが、これから得られる気持ちよさを思うとどうでもよくなった。
臨也は、絡ませた腕を引っ張ると、静雄の唇に自分のそれを重ねた。
触れるだけのキスは、静雄が深く口付けてきて、貪るようなものになった。
二人分の唾液が臨也の喉を伝うと、それを静雄が舌で辿る。
それだけで、臨也の体はまた熱を帯びた。
抱き合った形のまま、静雄が激しく突き上げてきて、臨也は喘ぎを漏らし続けた。
その中で、必死に静雄の名前を呼ぶ。
気持ちよすぎて、正気はすぐに消えてしまった。
体が溶けてしまう気がした。
死んでしまうんじゃないかと本気で思う。
静雄の突き上げは、技巧も何も無い激しいだけのものだったが、今まで感じたことが無いぐらい気持ちよかった。
「ひゃ……ん、シズちゃん! 好き! 大好き!!」
「くそ! 俺もだよ!」
応えてくれた静雄の言葉は、蕩けた脳が作った幻覚だと思った。
体だけで十分だ。
心までなんて望んでいない。
でも、幻覚でも嬉しかった。
最奥で静雄の熱を受け止めて、臨也は二度目の欲望の証を吐き出した。
その後、裏返しにされたり、座ったまま後ろから抱きしめられたり、何度も体位を変えて、何度も抽迭を繰り返された。
もう出るものも出なくなり、ドライオーガズムまで何度も経験させられ、臨也は意識を失った。
「起きたのか?」
目が覚めたら、何故か静雄と湯船の中にいた。
体が泥のように重く、あちこちが痛かった。
でもすごく気持ちよかった記憶だけは残っている。
「後始末してくれたんだ。ありがとね」
「そのままにしとくわけにもいかねぇだろ」
憮然とした声は、照れてるようにも聞こえた。
臨也は静雄の胸に体を預けると、うっとりと囁いた。
「シズちゃん、大嫌いだよ」
「ああ、俺もだ」
続いた声は穏やかだった。
臨也が本当に言いたいことは通じたらしい。
なんだか幸せだなぁと思いながら、臨也は振り向いて静雄とキスをした。
誰にも渡さないよと心の中で呟きながら。
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