落ち着いた雰囲気のバーで、ロイとハボックは無言のまま酒を呷っていた。
ロイは、ほとんど自棄酒の勢いで飲んでいる。
誘ったのはロイなのに、ハボックには一言も話しかけずに強い酒を一気に飲み下していた。
飲みすぎですよ大佐とかいいながら、ハボックはなるべく安そうで、あまり強くない酒をちびちびと飲んでいた。
上官が泥酔する気でいるのなら、自分はそれほど酔うわけにはいかない。
今回の成り行きが、ハボックには理解できなかった。
わざわざ自分を酒に誘って、それから一言も話さないロイが何を考えているのかがまったくわからない。
賭けのことを口にしたが、多分ロイにとっては戯言に過ぎないと思っていたのに、それは明日だと期限を切られてしまった。
賭けの期限までにはあと二日ある。
ロイが何を決めたのか、知るのが怖かった。
どうして賭けなど言い出してしまったのだろう。
今更になって後悔する。
この人の犬でよかったのに。
だけど、欲しいと思ってしまったのだ。
大佐の特別になりたい。
欲望は大きくなるばかりで、止められなかった。
エドワード・エルリックが羨ましい。
あの少年は、瞬く間にロイの特別に納まってしまった。
それだけの価値があの少年にあるのだとわかっていても、羨望を感じずにはいられなかった。
自分はロイの犬でいい。
だけど、それだけじゃなく、特別な犬になりたかった。
どんな時でも、ロイのためだけにあれるような、特別な犬になれればいいと思っていた。
本当はロイの恋人になりたいわけではないのだと思う。
なれたらもちろん天に昇るような気分だろうが、どんな形でもいいから、ロイの一番側にいれる権利が欲しかった。
だからロイだけの犬になりたかったのだ。
ため息をつくと、ロイの体が寄りかかってきた。
そろそろ足に来たらしい。
「大佐、そろそろお開きにしましょうや。あんたベロベロですよ」
「ハボ、家まで私を送って行け」
「はあ、もちろんそうさせていただきますけど、あんたから言い出すなんて珍しいですね。いつもは一人で平気だとダダ捏ねるくせに」
「うるさい! 今日はひとりで帰る気分じゃないんだ!」
顔が赤いのは酒のせいだけだろうか、らしくない台詞にハボックは戸惑った。
なんだか誘われている気がする。
もちろんロイにそんな気は無いのだろうが、鼓動が激しくなるのをハボックは止められなかった。
「はいはい、わかりました。車呼びますから待っててくださいよ」
「むー」
すでに返事になっていない。
車を呼び出すと、ハボックはロイを抱えるようにして、後部座席に乗り込んだ。
運転手に住所を言って、席に座ると、こてんとロイの頭がハボックの肩に乗せられた。
うわーうわーと内心でハボックは大慌てだったが、顔には何とか出さずにすんだ。
なんとか平静を装って、ロイの自宅まで着くと、またロイを抱えて鍵を借りて居間まで運んだ。
そこは、散らばった本以外、何も無い空間だった。
ロイを自宅まで送っていったことなら何度もあるが、家の中まで入ったことはなかった。
この部屋に毎日ロイは帰っていたのかと思うと、ぞっとした。
これは安らぐための家ではない。
研究と寝るためだけにある場所だ。
なんだかハボックは寂しくなった。
エルリック兄弟には互いがいるが、この人には誰もいない。
もちろんヒューズという変えの無い親友はいるが、彼は遠いセントラルで家庭を持っている。
ホークアイも変えの利かない忠実な副官だが、恋人というわけじゃない。
自分では彼の何かになれないだろうか。
高望みのしすぎなのは分かっているが、そう思わずにはいられなかった。
「寝る。お前もこい」
「はぁ? なんておっしゃいましたか?」
今まで酔っ払っていた人間とは思えない力強さで、ロイはハボックをひっぱった。
半ば引きずられたままで、ハボックは停止した思考を再稼動させた。
「いやいやいや! なんで俺を連れて行くんですか! 添い寝でもして欲しいとか言いませんよね?」
「悪いか。上官命令だ」
言っている意味が分からない。
何故、ロイが自分に添い寝を強要するのか。
獣じゃないんだから、自分だっていきなりロイを襲ったりしない自信はあるが、心臓に悪いことは確かだ。
これは何かの拷問か。
混乱しているうちに、どんどん引っ張られて、ついに寝室の中まで連れ込まれてしまった。
ハボックは絶叫した。
「勘弁してください! 俺が大佐のことどう思ってるか知ってるでしょ? 添い寝なんかさせたら襲われるかもしれませんよ!」
「お前は馬鹿だな。そのぐらい承知の上だから連れてきたんじゃないか。もう黙っていろ」
ロイが伸び上がってハボックに口付けした。
ハボックは真っ白になった。
[2回]
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