ののみは今8歳だ。
ずっと8歳だったし、多分これからずっと8歳だろう。
それは哀しいことだけど、仕方のないことだった。
ののみには姉妹がいっぱいいるが、あったことはない。
同調実験の成果で、ののみは姉妹全員とシンクロできる。
姉妹が大切なものは、ののみにも大切だし、ののみが好きなものは、他の姉妹も好きだろう。
ののみには好きなものや、大切な人がたくさんある。
お父さんが一番好きだったが、ののみは父親をよく覚えていなかった。
「ののちゃん」と呼ばれていたことは覚えている。とても好きだったことだけは忘れていない。
どんな人だったのかを思い出そうとすると、それは何故か舞の姿になってしまう。
「舞ちゃんはすごい。かっこいい」とののみは思っている。尊敬しているし、大好きだ。
もしかすると、おとうさんよりもすきかも知れない。
瀬戸口のことも速水のことも大好きだし、小隊のみんなが好きだったけれど、舞はののみにとって本当に特別だった。
難しいことはよくわからなかったが、使い物にならなくなったから処分されるところを助けてもらったのだ。
ののみは今ひとりで暮らしているが、岩田によるメンテナンス以外の日は、よく舞の部屋にいく。
舞は人のできないことは得意だったけれど、何故か時計の電池が交換できなかったりと、ののみにもできることができなかったりする。
舞の役に立てて、ののみはとても嬉しい。
舞をよく思っていない人も多いが、それが誤解だということをののみはよくわかっていた。
舞は誰にでもとてもやさしいし、感謝も代償も相手に求めない。
見ず知らずの他人のために、いつでも命をかけられる。
舞は強い。でも痛みを感じないわけじゃないし、怪我だってする。
それでも舞は進むことを止めないし、いつだって胸を張って前を見ている。
使い捨ての実験体のために命をかけてくれたのは、瀬戸口と舞だけだった。
しかも、舞は分け隔てなくやさしい。
ののみの身柄は舞の預かりとなっているが、面倒を見ているのは実質的には瀬戸口だ。
自分がもし大きくなれるのなら、たかちゃんのおよめさんになりたいと思っているののみだったが、舞を嫌っている瀬戸口はいやだと思う。
舞がとても優しいことを説明しようとしても、上手な言葉が出てこない。
「芝村」に対して心を閉ざしている瀬戸口に、舞のすごさを伝えることはできなかった。
それがののみには悲しい。
瀬戸口は岩田のことも嫌っている。
岩田も芝村で、ののみの身体をいじくっているかららしいけれど、岩田のメンテナンスがなければ、ののみはすぐに死んでしまうし、瀬戸口が見ていないとき、岩田はののみにとても優しい。
舞ちゃんに似てるなととても思う。
心の形が似ている。
だからののみは岩田が好きだ。
小隊のみんなは暗い気持ちをいっぱい抱えているけれど、その奥にある温かいものがののみを幸せにしてくれるから、ののみはみんなを大好きだと思う。
幻獣は怖いけれど、嫌いにはなれない。
時々だけど、苦しんでいる声が聞こえるから。
もしお話できたら、お友達にだってなれるかもしれない。
だから戦争は嫌いだった。幻獣も人もたくさん死んでしまう。
死ぬということは、ののみの世界からいなくなってしまうということで、それはとてもいやなことだった。
おとうさんは、ののみに大切なのは今でも昨日でもないと教えてくれた。
本当に大切なものがどこにあるのか、まだののみにはわからないけれど、それがわかったら速水に教えてあげようと思っている。
はじめてあった時から、ののみは速水が答えを求めている相手だと思った。
速水が本当はとても怖い人だということをののみは知っているけれど、それを誰にも言ったことはない。
速水だって自分のことは知らないのだ。
怖い人だけど、本当は舞ちゃんと同じぐらい優しい人だとわかっている。
だからののみは速水を恐れない。
速水は舞ちゃんが好きになった人で、舞ちゃんを好きな人だから、ののみは速水を守ろうと決めた。
とても強くていつも幸せみたいに笑っているけれど、速水はとても臆病で、傷ついている。
来須は少し分かっているようだけれど、誰も本当の速水を知らないしわかろうとしない。
舞ちゃんは、わからなくてあたりまえだし、それで問題はないと言っていて、それが本気なことにののみはやっぱり舞ちゃんはすごいと思った。
知られることを速水はとても怖がっているから、人のことをそれも好きな人のことを少しも詮索しないのはとても難しいのに、舞は相手が話そうとするまで見事なまでに相手の過去や事情に関心をもたない。
何を知っても、そうかの一言ですませてしまう。
それがみんなに嫌われる原因でもあるけど、速水はそんな舞だから好きになったのだと思った。
速水が好きな人は、みんな舞に似ているとののみは思う。
来須や、岩田や、茜のことを速水は気に入っている。
滝川や壬生屋や、他の整備士のことは、ほとんど眼中にない。
司令の善行のことは警戒しているみたいだ。
ののみにわからないのは、瀬戸口や刈谷のことを、嫌いなのに好きという混ざり合った変な気持ちを持っていて、わざと嘘と本当の混じった自分を速水が二人に見せていることだ。
そんなときの速水は、とても嬉しそうで、逆にののみはめーな気持ちになってしまう。
そんなことをしちゃだめなのに、瀬戸口と刈谷はとても激しくて真っ暗な気持ちで速水を見ている。
伝わってくる気持ちはとても嫌な気持ちなのに、ふたりが本当は速水をとてもとても好きなんだと何故かわかって、ののみは余計にわからなくなる。
相手を好きになることは嬉しいことだ。
それはとても幸せなことだとののみは思っている。
なのに、速水は舞ちゃんといるとすごく幸せそうなのに、瀬戸口といると暗い気持ちで、なのにとても嬉しいみたいだった。
みんなを幸せにすることは本当にできないんだろうか。
ののみは、満面の笑顔の裏で毎日そう考える。
答えが分かったら、絶対速水に教えなくちゃいけない。
速水が答えを見つけられなかったら、世界は不幸なままで終わってしまう。
どんなに頑張っても、自分の命がそう長くないことをののみは知っていた。
ののみだって死にたくはなかったけど、ずっと前に死んでいたはずだから仕方ないとも思っている。
それにスペアと呼べる存在が大勢いるののみには、死への恐怖が薄かった。
もともと死をリアルに想像できるほど、ののみの制限された知能は複雑にできていない。
だからこそ、純粋に祈ることができた。
みんなが幸せになれますように。
小さなののみの手に入る世界は、やはり小さい。
ののみが知っている世界は実験室と小隊と戦場だけだ。
小さな小さな世界で精一杯生きるののみは、誰よりも大きな世界をその胸に抱えている。
世界の選択は、少女の小さくて大きな心にゆだねられていた。
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本当はののみは成長しますが、ののみは知らない方向で。
ののみは瀬戸口のために芝村が用意したクローンですけど、舞が保護者なのは偶然です。
舞が助けて5121小隊に連れて行ったために、ののみは瀬戸口への鎖になりました。
このサイトでののみが死ぬのは必然ですが、なるべく幸せな話も書きたいと思います。
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