頭の芯を切り裂くような叫びが、その瞬間戦場に響き渡る。
(瀬戸口くん?)
多少なりとも感応能力を持つものは、全員その嘆きと怒りと憎悪を受け取っただろう。
だが、それはあまりに異質な意識であり、意味のあるものとして、まして個人の特定などできはしないはずだったが、女性にしか発現しないといわれながら、強力な同調能力を持つ速水には、何故かその叫びが誰のものであるのかが瞬時にわかった。
血臭と硝煙とオイルが交じり合った、既に懐かしささえ覚える凄絶な地獄。
戦況は最悪の状況だった。
いつものごとく指示を無視して特攻をかけた一号機は大破し、パイロットの壬生屋は意識不明のままらしい。
友軍のほとんどが全滅。
残っている戦力は不明。
悪夢を具現化したような幻獣の数もわからない。
指揮車との連絡はずいぶん前に途切れたままだ。
善行司令の撤退命令のあと、オペレーターの声は沈黙している。
最後に聞こえた瀬戸口の言葉は、なんだっただろう。
そんなことが妙に気になった。
「さすがにきついね」
いつものような笑顔で、恋人であり、あらゆる意味で唯一無二のパートナーである舞に語りかけると、冷静な叱責が戻ってくる。
「泣き言をいう余裕があるなら、敵を殲滅せよ」
迷いのない強い言葉。
あの泣き方すら知らないくせに、嘆いてばかりの弱い男とは対極にある舞を、改めて愛しいと速水は嬉しくなる。
彼女の強さが、速水をこの場所に連れてきた。
後悔はなかった。
彼女にであえたから強くなれた。
生き延びるためだけに力を求めた速水に、舞は力を使う意味と、生きる理由を与えてくれたのだから。
「もちろん勝つよ。君がいてくれるなら、僕は世界を敵にしても負けたりなんてしない」
「あ……あたりまえだ。厚志は……わ……私のカダヤなのだからな。これぐらい危機でもなんでもない。私がお
前を選んだのだ。お前も私を選んだのなら、勝て」
恐怖ではなく、舞の声が震えている。
今振り向いたら、間違いなく怒らせてしまう。
見なくても、彼女の顔が真っ赤であることは容易に想像がついた。
小隊内でも恐れられはじめている速水が操る3号機には、この状態でも傷ひとつない。
撃墜数三百にはまだ届かないが、舞うように幻獣を屠る姿は、絢爛舞踏の名にふさわしい。
称号に関心はなかった。それでも、舞が望むならそれを手に入れようと改めて誓いながら、近づいてくる幻獣に向かって、剣を手に速水はダッシュした。
慟哭は、未だ戦場に響いていた。
その日、速水と舞はアルガナ勲章を受け取った。
「今日もこないね。瀬戸口くん」
「あれは、もう小隊には戻ってこないかもしれんな」
舞が預かっていた幼い少女は、三日前の戦闘で命を失った。
速水も透明で純粋だったののみが可愛くなかったわけではないが、失った命は帰らない。
滅びかけた人類に、その最前線にたつ自分たちに、死者の不在を嘆き、思い出に逃げ込む余裕などあるはずもない。
もともと大事な人が死ぬことに速水は慣れている。
マヒしているといってもいい。
幼いときに両親を目の前で殺され、親友だった滝川が戦死し、人としての心を与えてくれた映も、懐いてくれたののみも失った。
速水の全ては仮面であり、その名すら彼のものではない。
ラボと呼ばれる施設で、速水は感情というものを失った。
全てを知りながら、速水の本性に気づいていても彼を選んだ舞だけが、速水にとっての唯一だったから、誰を失ってもしかないとわりきることができた。
卓越した戦闘能力以上に、その精神のあり方が、戦場で速水を誰よりもすぐれた戦士になしえる。
「死者の思いを無駄にするのかって言わないの?」
ふと、不思議に思って言葉が口に出た。
瀬戸口は芝村を激しく嫌っていた。
それは、舞個人ではなく、芝村という一族に対する嫌悪のようだったが、それだけではなく、舞は瀬戸口について何かを知っている気がした。
「瀬戸口に言える言葉などない。あれを縛る鎖は失われた。代用などもはや効くまい。あやつがののみを選んでいれば、ののみは死ぬはずなどなかったのだからな」
吐き捨てるような舞の言葉は、あまりに彼女らしくなかった。
いや、舞はののみを愛していた。
ののみに救われながら、どこかであの少女を妬んでいた速水はそれをよく知っている。
だからこそ、余計に舞の言葉は速水には不可解だった。
「ののみちゃんを選んでいたら?」
どういう意味だろう。瀬戸口は、いつだってののみの騎士を自任していたというのに。
「失言だ。忘れろ」
舞は案外わかりやすい。不器用なだけで、感情が表にでやすいタイプだ。
「舞は瀬戸口くん嫌いなんだね」
ののみを守れなかったからでななく、瀬戸口個人を舞は嫌っている。
「私は心が広い方だと思うが、あやつだけは駄目だ。あれは過去しか見ていない。だから今を失う。同じことを繰り返すなら、いつまでもそこに留まっていればよいのだ。なのにあれは救いを他者に求める。本当の意味で戦おうとはしない。あれは弱い。弱すぎて、多くのものを傷つける。」
「舞は厳しいね」
「不満か?」
「それは芝村らしくない台詞だけど、そうだね舞といるのは大変だ」
「そ、そうか。そうかもしれんな……」
あからさまな落胆を、なんとか隠そうとする舞の姿に微笑みながら、速水は彼女を抱きしめた。
「な……な…なにを……」
「黙って。舞といるためには強くならなくちゃいけないから、僕はいつだって必死なんだ。でも、それは僕の選択で、僕の望みなんだ。誰のせいにも、もちろん舞のせいにもするつもりはない」
はじめは、生き延びるために舞に近づいた。それが興味に変わり。好意に変化して、最初の目的は手段と入れ替わった。
「舞といっしょにいたい。舞と生き延びて、舞の望みを叶えたい。そのために強くなりたい。舞を好きにならなかったら、今の僕はありえないけど、それはきみのためじゃなく、舞と一緒にいたいという僕の望みのためなんだ」
穢れなき、純白の戦乙女。
これほど自分とかけ離れた存在は世界中探しても、彼女以外ありえない。
汚れきった自分を速水は自覚しているが、それを負い目に思ったことはない。
彼女にあって、過去を恥じることはないと教わった。
言葉でなく、舞の生き方自体が速水を暗闇から引き上げてくれる。
舞がいるかぎり、速水が己の闇に飲まれることはない。
その闇さえも力に変えることができるのだ。
舞にふさわしい人間になりたい。
そう強く願うだけで、速水は自分という存在を肯定できる。
では、瀬戸口とは自分にとってどういう意味を持つのだろう。
世界よりも大切な愛する唯一を抱きしめながら、それでも速水は瀬戸口へと心を飛ばすことを止められなかった。
自分に干渉する少し迷惑な存在でしかなかったはずなのに、いつの間にか棘のように瀬戸口は速水の心に痺れたような痛みを与えるようになっていた。
舞が光なら、瀬戸口は速水の暗い部分を刺激した。
捨てたはずの過去が追ってきそうで、速水は瀬戸口が苦手だったが、同時に磁石のように引きつけられる何かも感じていた。
ののみを間において、逃げていたのは自分の方かもしれない。
互いの間の緊張を中和していたののみはもういない。
瀬戸口のことを舞に聞きながら、多分自分は彼に会うことを怖がっている。
それが何故かはわからなかった。
ののみを失った瀬戸口は、他の誰でもなく自分にとって危険な存在だと、どこかでシグナルが鳴っている。
舞は嘘をつかない。だが、話さないと決めたことは、何があろうと話そうとはしないだろう。
いつだって、生き延びることと、危険を回避することには自信があった。
ネズミのように、それだけが自分の力だと卑下するでもなく考えていた。
放課後にでも瀬戸口のところに行ってみようと、速水はぼんやりと考えた。
生まれてはじめて、速水は自分の本能を無視することを選んだ。
自分は瀬戸口に会いたいのだ。
理由などわからないけれど、戦場で聞いたあの慟哭を、速水は欲しいと思った。
ののみが可愛かったことは嘘ではない。
それでも、心のどこかが暗い喜びを覚えている。
(これで、あれはオレだけのものだ)
それが自分の内側からの声であることに、速水は気がつかなかった。
戦鬼と青の魔王の契約のはじまりがおとずれようとしていた。
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世界の謎を中途半端にミックスしていますが、あんまり正しくないです。
というか、設定どおりにしようとすると難しすぎて話が作れません。
リフレインがどうとか、シオネアラダ関係とか、ののみは実は成長するんだよとかは無視の方向で。
世界の謎にはフェイクがたくさんあるので、あまり突っ込まないようにしています。
個人的に世界の謎を追うのは好きですが、作品にはあまり反映させません。
管理人は魔王速水を推奨しております。
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