神志名という男はよくわからない。
他人に深入りしないで生きてきたおれには始めから理解できなくて当然だという気もするが、それを差し引いてもよくわからない男だと思う。
詐欺師のために偽りの人生を生きることを強制された男。
シロサギを憎み、おれとは正反対の警部補という地位にいるエリート。
だが、その過去ゆえに警察組織の中でトップにはなれない奴。
知っているのはそれだけだ。
もう何度も肌を重ねたのに、互いに知っているのは書類上の過去ばかりだ。
最初に神志名と寝た切欠は、おれが食ったシロサギの仲間に輪姦された所を奴に見つかったせいだった。
何を考えたのか、奴はおれをマンションまでつれていくと、風呂場に叩き込んだ。
混乱していたおれは、衝動のままに奴を誘い、その時から関係は続いている。
生きるために男を誘うことは、シロサギを食い始めた最初の頃は当たり前のことだった。
もちろん抵抗はあった。
泣き叫んで許しを乞うたこともある。
でもおれの言葉なんて、何の意味もなかった。
力のない小僧など、食い物にされるのは当然のことだ。
だけどおれはプライドも何もかも捨ててクロサギになった。
おれから全てを奪ったシロサギを食い尽くすために。
神志名はおれと同じだろうか。
神志名にとって、おれもまた詐欺師の一人に過ぎない。
最初の出会いの後で殴られたことは今も忘れていない。
奴は何故おれを抱くのか。
おれは何故奴に抱かれるのか。
何度考えても答えが出ないまま、今日もおれは神志名のマンションに転がり込んでいる。
「ぐっ……うっくぅぅ!!」
準備も何もなしに、いきなり突っ込まれて、おれはくぐもった悲鳴を上げた。
ローションもスキンもなし。
前戯もほとんどない。
会話もなく、ただ突っ込まれるだけの行為は、苦痛の方が大きかったが、抵抗しようという気はおきなかった。
神志名の手が、乱暴なくせに温かかったせいかもしれない。
快楽からは程遠いが、少なくともこれはレイプじゃない。
それにまったく気持ちよくないわけじゃなかった。
いやおうなしに慣れた体は、苦痛の中からも快楽を拾おうとする。
少しでも痛みを和らげるために、おれは呼吸をあわせて神志名の昂りを根元まで飲み込んで、息を吐いた。
「あっ……くっ! うっ……くっ……んん」
落ち着く暇もなく、激しく抽迭を繰り返されて、唾液が口の端から零れ落ちる。
少なからず痛いが、ある一点を擦られるたびに、なんとも言えない感覚が湧き上がって体が熱くなっていく。
何度も犯されてわかったことだが、苦痛と快楽は相反しないということだ。
おれがしてきた行為では、快楽と苦痛は切り離せない。
痛みの中でも快感はあるし、快楽で苦痛は消せない。
少なくとも溺れるようなセックスを経験したことは、おれにはなかった。
神志名とする時は、体の痛みはともかく、どこかが満たされるような気がして嫌いじゃない。
神志名自身をどう思っているかは、複雑でわからなかった。
いけ好かない奴と言い切ってしまうには、少しばかり事情を知りすぎている。
他人の体温が欲しくなった時、浮かぶのが神志名の顔だというのは我ながらおかしいと思う。
体の中を乱暴に掻き回されて、おれのそこは熱い肉棒を強く締め付けた。
次の瞬間、熱い飛沫が体の奥に叩きつけられる。
それを感じながら、おれも快楽の証を吐き出した。
「帰るのか」
神志名の言葉に、身支度を終えたおれは首を傾げた。
帰ろうとするおれに神志名が声をかけることは珍しい。
「用がすんだからな。あんた明日も仕事だろ。さっさと休めよ」
「お前も仕事なのか」
含みを持たせた言葉に、おれは笑って答えた。
「さあね」
「いつか、お前も手錠をかけてやる」
その言葉には答えず、おれは神志名の部屋をあとにした。
クロサギなんて名乗っているけど、おれのやっていることも詐欺には違いない。
それでも、おれにはこの生き方しかできなかった。
この世の中のシロサギを食い尽くすまで、おれはクロサギであり続ける。
神志名の温もりが少しずつ消えていくのを寂しく思って、おれは棒付きキャンディを口にいれた。
甘い味が口に広がって、ほんの少し安心する。
神志名との関係に名前はつけられない。
愛でなく、恋でなく、セックスフレンドというわけでもなく。
ただ温もりが欲しいときに浮かぶのは神志名のことだった。
体に残る熱情の欠片が消えないうちに、おれは猫が一匹待っているだけのボロアパートへと急いだ。
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