慣れた手つきで、滑らかな褐色の肌をまさぐりながら、ランサーは何故俺はこいつを抱いているんだろうなと、今更過ぎる疑問を持った。
女のように柔らかい肉でないことに不満はない。
男の征服欲を刺激するという点では、これ以上の獲物はないと本気で思う。
普段は皮肉ばかり言う、冷静すぎる口から漏れる嬌声には雄の本能をこれ以上ないぐらい刺激されている。
何度も抱いた身体だ。
感じる場所など知り尽くしている。
はっきりいって、身体の相性は、かなりいいと思う。
不満はないのだ。
だが、こうして二人で快楽に溺れている最中に、ふと考えてしまう。
何故だろうと。
他でもない、この男でなくてはならなかった理由はなんだろうと。
その疑問は、ランサーらしくないものではあった。
抱きたいから抱いた。
何度自問しても、それ以外の答えは出ない。
それがランサーにとっての普通だった。
それでも問いは、泡のように浮かんでは消えていく。
アーチャーと呼ばれる男に対するランサーの感情は複雑で矛盾している。
それは、そもそもの出会いからしてそうだった。
聖杯戦争の中で、始めて合間見えたとき、極上の獲物を見つけたような高揚を覚えた。
弓兵のくせに両刀を使う正体不明の男。
皮肉な口調も、醒めた態度も、何もかもがランサーの感に障る男だったにもかかわらず、誰よりもランサーの戦士としての魂を奮わせた。
何度でも戦いたかった。
血が沸騰するような狂熱を覚えてたまらなかった。
そうして、アーチャーの存在は、ランサーの記憶に刻み込まれた。
今の彼のマスターである遠坂凛に味方したのも、彼女が気に入ったからというのもあったが、何を思ってアーチャーが主人を裏切ったのかを知りたかったからでもあった。
結局自分は途中で敗退してしまい、物語の結末を知ることはできなかったが、現世から消える瞬間に、思い浮かんだのは赤い弓兵の姿だった。
だから次に目を開けたときに、目に入った光景に唖然とした。
そこは巨大な歯車が軋む、剣の荒野だった。
果てしない赤くひび割れた大地に、無数の剣が突き刺さっていた。
そこは英霊の座だった。
本来ならあり得ない、他人の座に彼は立ち尽くしていた。
それが、あの赤い弓兵の座だと、彼は本能で理解した。
呆然とした後、彼は心の底から笑い続けた。
男が帰ってきたとき、自分を見てどんな顔をするだろうか。
そう考えると、愉快でたまらなかった。
あの澄ました顔が歪む姿が見たい。
本当はただそれだけだったのだ。
なのに、座に戻ってきた弓兵が彼を見た顔が、途方にくれた子供のようで、気がついたら口付けしていた。
次の瞬間、思いっきり腹を蹴られた。
あのうっかり魔術師に呼び出されるまで、ランサーはアーチャーに何度も好きだといった。
もちろん信用されなかった。
ランサーの言葉は、本気だったが本当じゃなかったのを気づかれたのかもしれない。
アーチャーへの感情は、好きと言う言葉じゃ全然足りなかった。
気に入らない、ムカツク、可愛い、哀しい、引き裂いてやりたい、優しく撫でてやりたい。
矛盾した感情の全てをまとめたら、それは愛しいという感情になるんじゃないだろうかと思った。
そう思ったときには、もうこの皮肉屋の男に嵌っていた。
だから、手違いで衛宮士郎と遠坂凛にお互い召喚されたとき、魔力不足のアーチャーの状態に付け込んで抱いたのだ。
知れば知るほど、アーチャーという男は莫迦な男だった。
そこが可愛いと思う自分は既に末期だとランサーは自覚している。
心の中に決して折れない綺麗なものを抱えているくせに、自分には価値がないと思い込んでいる。
誇りなど自分にはないと言うが、では、ランサーを惹き付けて止まない彼の輝きはどこからくるというのだろう。
アーチャーの正体が、セイバーの元マスターの少年の未来の姿のひとつの終着点だと知ったとき、ランサーは感動さえ覚えた。
神の加護なき世界で、未熟な魔術師未満の少年が、どうやって英霊にたどり着くまで自分を鍛え上げたのか。
それは、生まれながらに神に愛された半神の彼には、眩しささえ覚えるものだった。
そのどこに恥じねばならない所があるというのか。
自分の価値を、ランサーはアーチャーに自覚させたかった。
アーチャーのどこか諦めたような目を見るたびに怒りがわいて、その褐色の肌を引き裂いてやりたいと思った。
聖杯戦争中は知らなかったアーチャーの抱える虚ろと、愚直なまでに一途な純粋さ、強く出れば拒めない他人を際限なく受け入れようとするエミヤシロウに共通する歪みも、全てがランサーがアーチャーに執着する理由になった。
戦いの場とはまったく違い、日常の中のアーチャーは、愕然とするほど家庭的で、優しく甘い男だった。
はじめて、台所に立つ姿を見たときは唖然としたものだ。
そして出された料理に驚嘆した。
あれだけの戦士が、家事万能ってありか。
なんて反則な男なんだと、思わず怒りがわいて、次に諦めた。
結局、惚れた方が負けなのだ。
それでもランサーには、アーチャーにも惚れられている自信があった。
自分を見る視線に、正気を失うほど抱いたときに見せる態度に、ランサーへの憧れが滲んでいるのがわかる。
それは自惚れではないはずだが、その控えめな好意ですら、アーチャーは許されないことだと思っているらしいことに腹が立った。
欲しいなら手をとればいい。
今という時間は本来あり得ないことなのだから、躊躇わず自分の求めるままに生きればいいのだ。
だから魔力補給という理由をつけて、無理やり手をとった。
アーチャーに自分を納得させる理由を与えてやるために。
欲しがったのは自分だが、アーチャーにもランサーを求めて欲しかった。
敵意には敏感なくせに、好意にはどこまでも鈍感な莫迦な男に、愛されていることを思い知らせてやりたかった。
それは思いがけなく激しい衝動だった。
限度を越えた快感と、過剰な魔力が身体を循環する感覚に酩酊して、半ば意識を失ったアーチャーの身体を、ランサーは乱暴に抱えなおした。
横になったランサーの身体に跨る形でぐったりとしていた身体を、上半身を起こして抱きしめると、潤んだ鋼色の瞳から涙が零れ落ちた。
その雫を舌で舐め取ると、ランサーはアーチャーの瞼に口付けを落とした。
今のアーチャーは自分のものだという実感が湧く瞬間だった。
以前、慣らされたアーチャーの身体に怒りを覚えたとき、ふと漏らした嫉妬にも似た言葉に、アーチャーは一瞬だけ困ったように眉を寄せたが、次の瞬間皮肉な顔で笑って、ならば君の色に染めて見せろと言ったのだ。
挑戦的な言葉は、その前に見せた躊躇いを隠すためだったのだろう。
おそらくアーチャーは、自分の身体をここまで快楽に従順にした相手のことを覚えていないのだ。
弱いところを突かれた時に見せる虚勢は、ランサーを複雑な気分にさせた。
守護者という特殊な英霊であるアーチャーが失ったものは、ランサーが考える以上に多いのだろう。
世界の果てまで磨耗し続けるアーチャーは、いつか自分自身のこともわからなくなってしまうのかもしれない。
それならば、今この時は、自分のものにしてしまおうとランサーは決めた。
幾度も繰り返した口付けは、貪るたびに深くなる。
既に何度も精を吐き出した幹を強く握ると、弛緩した身体がぶるっと震えた。
いつもの強情さを失った身体は、快楽に正直で、繋がったままの部分を強く締めつける。
奥へ奥へと飲み込むような貪欲さは、普段のアーチャーからは想像がつかない淫乱とも呼べる動作だったが、不思議と浅ましい感じは受けない。
アーチャーとのセックスは、どこまでも深く快楽を貪りあう行為だというのに、どこか儀式めいた厳粛さがあった。
生贄の供物のように、アーチャーの身体はランサーに捧げられている。
垂れ下がった手を掴んで首の後ろに回させると、ランサーは、ゆっくりと、自然に激しくアーチャーの身体を揺さぶった。
半ば意識のない口からは、意味のない嬌声がひっきりなしに聞こえてくる。
もっと、自分を求めればいいとランサーは思った。
そして、魂の奥に自分の存在を刻み付けたい。
アーチャーの心の支柱である、あの聖剣の輝きを越えることができなくとも、座に戻ったとしても消えない絆を結びたかった。
アーチャーとなった少年を最初に殺したのが自分の槍だというのなら、それも不可能ではない気がした。
「……ランサーっっ!」
涙を流しながら抱きついてくる身体を、一際強く突き上げて、もっと泣けよと、ランサーは囁いた。
下半身が溶け合ったように、快感がそこから滲んでくる。
アーチャーの中は、きつくて、それでいて柔らかく、ひどくよかった。
男女を問わず、経験の多いランサーも、ここまで夢中にさせる性交は、経験したことがなかった。
それは多分、二人ともが霊体だということも関係していただろう。
互いに汗の一滴までが魔力で構成された存在は、血液も精も、糧となり、どこまでも甘い。
ランサーにとってセックスは、互いに楽しむための行為だったが、アーチャとのそれは、どこまで貪っても果てがない飢えに似ている。
抱けば抱くほど飢えるくせに、ランサーを呼ぶ声に、抱き返す腕に、心のどこかが満たされる。
麻薬みてーだな。
意識が痺れるような快楽の中で、ランサーはそんなことを考えて笑った。
俺もお前にとってそうならいいのに。
のけぞる喉に軽く歯を立てて、その鍛えられた身体に、何度も深く自分の杭を叩きつけた。
意識が混濁してさえ、自分に傷をつけないように爪を立てないアーチャーに、ランサーは強情な奴だと思いながらも、その身体を強く抱きしめて、今日何度目かの熱い飛沫を奥に放った。
半ば混濁した意識の中で、いつもの睦言が聞こえてきた。
いくら自分を戒めても、心が嬉しいと悲鳴を上げる。
自分の浅ましい声を抑え込んで、アーチャーはただ快楽を追いかけた。
身体の内部を何度も擦りあげられるたびに、痛みを越える快感が体中を巡って、たまらなくなる。
気持ちよくて、切なくて、泣きたい。
涙は流したくない。
それでも、目の端から雫は勝手に零れ落ちていく。
それを舐め取るランサーの舌を感じて、たったそれだけのことにも快感を感じてしまう自分を恥ずかしく思う。
だがそれも、深く突き上げられれば、魔力の熱と快楽に紛れてわからなくなってしまった。
好きだという彼の言葉には答えられない。
自分にそんな価値はないと思う前に、ランサーは勘違いしているのだと思うからだ。
彼はきっと、アーチャーに腹を立てていた。
そして、アーチャーのあり方を知って、あの英雄は彼を哀れに思ったのだ。
アーチャーへのライバル意識がそこに混ざり合い、ランサーはそれを恋愛感情だと錯覚した。
だからこれは間違いなのだ。
それでも自分は彼に好きだといわれて嬉しかった。
そんな自分がアーチャーは許せない。
魔力補給だと自分さえ欺いて、彼の手をとろうとする自分の浅ましさが許しがたい。
だけど、それがわかっていても、ランサーの手が欲しかった。
少年の日に憧れた英雄の姿は、守護者となってからは、痛みを伴った羨望に変化した。
若い日に、アーチャーはクーフーリンの伝説を深く調べたことがある。
聖杯戦争での鮮やかな姿を忘れられなかったからだ。
セイバーとはまったく別の場所で、かの英雄は特別な存在だった。
自分を殺した相手だからというわけではない。
その存在のあり方が、あまりに眩しかった。
自分とはあまりにも違いすぎる。
親友を殺し、自分の子を殺した彼の人生が単純に幸福なものだったとは思えない。
しかし、ランサーに彼の人生を問えば、きっと幸せだったと答えるだろう。
女神にさえ愛された彼の生き方と、その最後は、真の英雄にふさわしい。
自分は彼の奔放な懐の深さに甘えているのだ。
セイバーへの想いの様に、綺麗なものじゃない。
ランサーへの感情は、醜く、惨めな、嫉妬と羨望が交じり合った暗いものだ。
何故羨望するだけでいられなかったのだろう。
聖杯戦争中には、ただ互角に戦えるだけで満足だったのに、自分殺しを失敗して、その果てに答えを得て、帰った座にランサーの笑顔を見つけたとき、泣きたくなった自分を見つけてしまった。
報われなくてもかまわなかった。
ただ側に居たいと密かに願った。
こんな歪んだ自分さえ照らす、光に愛された男の手が欲しかった。
だからきっと罪は自分にある。
守護者として存在するアーチャーは、通常の英霊とは異なる存在だ。
彼はただ、世界の均衡のためだけに存在する。
だから、今の再召喚も、世界のバグでしかない。
あり得ない世界なら、その手をとってもいいかもしれないと願ってしまった。
ぼんやりと、己の罪深さを思っていると、両手を取られて、ランサーの首の後ろに腕をもっていかれた。
震える指をぎゅっと握って、アーチャーはランサーに縋り付いた。
繋がった部分を揺すられて、熱がまたぶり返す。
中に何度も吐き出された液体が、魔力として消化しきれずに、ぐちゃぐちゃと音を立てた。
羞恥心の薄れた状態では、淫猥な音すら、興奮の材料にしかならない。
身体が熱くて、ランサーの肩に噛み付きたい衝動を、なんとかやり過ごす。
戦闘以外で、彼の身体には傷をつけたくなかった。
正面から抱きしめられた状態で、激しく上下に突き動かされて、アーチャーは悲鳴にも似た嬌声を上げた。
強烈な快楽は苦痛と区別がつかない。
混濁した意識の中でも、この果てのない快楽がまだ終わらないことを、アーチャーは知っていた。
過ぎた快楽に、アーチャーが泣き出して許しを請うまで、ランサーは彼を手放さない。
もう何度も経験した行為で、よくわかっていた。
熱い。もう何も分からない。
気持ちがいいのか、悪いのか。
切なさだけが増していく。
強く突き上げられて、最奥で熱い魔力の雫が迸った瞬間、アーチャーは意識を失った。
気を失ったアーチャーの身体を横にすると、ランサーは覆いかぶさってキスをした。
追い詰めないと本音を見せないアーチャーを苛立たしく思いながら、それでも愛しさは増すばかりだ。
「なあ、俺たちって両想いなんだよな」
答えは期待せずに眠るアーチャに問いかけるランサーは複雑だった。
窓から見える月は、ひっそりと部屋を照らしている。
アーチャーには月が似合うと、ランサーは思った。
光の神子といわれた自分とは反対に、アーチャーからは夜の匂いがした。
昼間はあんなに団欒に溶け込んでいるのに。
それも、あの少年との違いを感じさせた。
昼間がよく似合う少年が、どれだけ死線を潜り抜ければ夜に溶け込むこの男になるのか。
考えてもせん無きことだが、不思議だった。
「おまえって、あの月影みたいだよな」
手を伸ばしてもすり抜ける月の影のように、アーチャーはどこまでも自分のものにならない。
手に入れたと思えば、するりと逃げる。
捉まることを怖れるように、身体だけは与えながら、心は一定の距離を保とうとするアーチャーがもどかしかったが、ランサーはアーチャーを捕まえると決めていた。
それがどんなに困難でも、自分はやり遂げる。
いつか、守護者の座からもアーチャーを引き摺り下ろしてやるとランサーは月に向かって誓った。
月光は、ただ静かに二人を照らしていた。
[2回]
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