本当のことを言えば、かつての自分の姿など思い出せないのだ。
磨耗しきった記憶は、曖昧で穴あきだらけだ。
だから、過去の自分自身に欲情し、そして欲情されるのも、自分の中に禁忌は欠片もなかった。
それよりも、かつては存在を抹消したいと思うほどに憎んだ相手とセックスする歪んだ喜びのほうが大きかった。
誰にも言わないが、今だって憎んでいる。
誰も憎めなかった私に残された、たったひとつの自由がこの憎しみだけだったのだから。
以前はこの憎しみは絶望であると同時に、自分を支える喜びだった。
衛宮士郎をどうやって殺すかを考えているときだけが、自分がまだ生きているような気がしていた。
世界の掃除屋として存在する自分に許された最後の自由が自分自身への憎しみだということ自体が、エミヤシロウという存在の救いのなさを証明しているようだったが、憎める相手がいるというのは幸せなことだと過去の自分にあってはじめて己の幸福を思った。
衛宮士郎がエミヤシロウにはならないと確信できた今でも、殺意は消えても憎しみがなくなったわけではない。
だがその憎しみは、マスターとサーヴァントという関係になった今ではひどく甘いものに感じられた。
魔力交換という理由をつけて過去の自分と交わるのは、ひどく快感を煽る衝動だった。
いきなり押し倒しておいて、どうしたらいいのかわからないという顔をするのは、衛宮士郎のいつものことだった。
誘うのは私からもすることだったが、衛宮士郎の誘い方はいつもいきなりだ。
もちろん力でこの小僧が私に敵うわけもなかったが、欲情されていると感じたら、その行動に逆らったことはない。
衛宮士郎が私に欲情している。
それに勝る快感はなかった。
だから抵抗はしない。
私が無抵抗なことに、いつも戸惑った表情でいながら、結局小僧は衝動に逆らえない。
快楽に正直なのは、エミヤシロウの特徴のようだと思って笑えた。
「なに笑ってんだよ」
「いや、どれほど変わっても同じものは同じなのだなと思ってな」
そう言って、私は衛宮士郎に唇を寄せた。
開いた唇から差し込まれた舌を互いに絡めて、小僧の息が上がるまで責め立ててやると、少し涙ぐんだ顔が不本意そうに赤く染まって、抱かれるのはこちらなのに、私のほうが小僧を犯しているような気がしてゾクゾクした。
正直抱きたいと思わないわけではないが、抱かれることに慣れた身体は些細な刺激でも反応する。
だから最初から私が抱かれる方であることは、私にとっても、経験のない小僧にとっても自然なことだったのだろう。
経験を積んだ身体は、どんな稚拙な愛撫でも快感を拾えたから、衛宮士郎との性交は十分楽しめた。
私の身体はこなれているから、未熟な小僧を翻弄することぐらい簡単なことだった。
自分から服を脱ぐと、小僧のジーンズのボタンを外して、下着から小僧自身を取り出して躊躇なく咥えた。
それだけでもう私自身も熱を帯びてくる。
「アーチャー」
咎めるような声を無視して、口の中のものを育てるのに私は夢中になった。
最初は強く弱く全体を舐めて、カリの部分や鈴口を舌でつつくと、質量がぐんと増した。
大きくなったものを、今度は喉で締め付け上下する。
飲み込みきれない唾液が喉を伝った。
「あっ……くっ!」
小僧が小さな声をあげると、喉の奥に熱い奔流が迸った。
一滴残らず飲み下す瞬間が、私は嫌いではない。
上目遣いに見ると、誰でもこの時は無防備な表情をしている。
放心したような小僧の表情は面白かった。
はじめて交わったときにわかったことだが、サーヴァントの身体というのはよくできている。
全ての体液を魔力に変換する身体は、血液も精液も同じように甘く感じる。
生前味わっていた生臭さや青臭さもまったく感じない。
小僧程度の魔力では極上とはいえないが、案外味覚も満足させてくれるものだった。
小僧にもよく見えるように、わざと喉を鳴らして白濁液を飲み込むと、真っ赤になって顔を背けようとする。
正視できないのに目を離せない。
そんなところだろう。
青いものだ。
憎しみには果てがないのに、自分と衛宮士郎が同一存在であるという意識が私には希薄だ。
それは多分、磨耗した記憶の中に、この頃の衛宮士郎が幽かにしか存在しないせいだろう。
衛宮士郎と同一だった自分を知っているから、己の根源たる存在が憎い。
だが、憎しみの対象としては、今の衛宮士郎は象徴としての存在だった。
結局私が憎んでいるのは私自身で、対象として過去の自分が目の前にいるから憎んでしまうだけで、これは八つ当たりに近い感情なのだろう。
「士郎」
こんな時だけは名前を呼んでやると、小僧の額に皺がよる。
何を望まれているのか知っている指が、片方は胸を弄くり、もう片方は奥まった部分に深く差し込まれた。
3本の指が同時に入れられたが、痛みは感じなかった。
ばらばらに内部で動く指がもどかしくて、腰が無意識に揺れてしまう。
なんでもいいから、早くもっと太い楔で貫いて欲しかった。
だが、私から強請る言葉は出ない。
私の様子を見れば、そんなことは一目瞭然なのだから。
焦らすようなテクニックは、小僧には無理なのだ。
軽く耳朶を噛んでやるだけで、熱塊が性急に押し込まれて、私は思わず息を呑んだ。
挿入の最初の衝撃をやり過ごすと、出し入れを繰り返すそれに合わせて私も腰を揺らめかせた。
入ってくるときは力を抜き、出ようとする時は締め付ける。
繰り返された行為を覚えた身体は、意識するまでもなく勝手に動いた。
私のいいところばかりを激しく突いてくるのは、私が教えたものだ。
私の身体はいいらしい。
自慰すらまともにしていなかった小僧が私とのセックスに夢中になるのも無理はなかった。
こんなことは歪んでいるし、不毛なばかりだが、殺すことができないのなら、せめてその心を奪いたかった。
同一存在でマスターとサーヴァントなどという関係が、いつまでも続くはずがない。
憎しみの行き場がどこにもないからこそ、衛宮士郎には私に執着してほしかった。
私のことなど忘れて凛とともに生きて欲しかったと思うのも本当だ。
私とセイバーには与えられなかった未来を、凛が衛宮士郎と自己犠牲だけではない生き方をしてくれるならそれでいいと本当に思っていたのだ。
本気でそう思ったはずなのに、戻ってきた現実での衛宮士郎の口づけはあまりにも甘く感じられた。
凛には申し訳ないと思う。
それでも、限られた時の間だけ、衛宮士郎を共有させて欲しかった。
本当は全てを奪いつくしたかったが、そこまでは望まないから、乾いた心を癒す肉の快楽を許して欲しい。
私たちの間にあるのは、愛でも憎しみでもない。
無様なほどに歪んだ執着なのだから。
「アーチャー」
名を呼ばれた次の瞬間、身体の奥で熱い飛沫が叩きつけられた。
それを感じたのと同時に、私も自身を解放した。
「アーチャー、あんたはどこにもいかないよな」
「どこに行けというのだ」
この歪んだ執着を、嬉しいと思う私を、いつか世界が罰するだろう。
それでもかまわないと、私は衛宮士郎に軽く口づけた。
[3回]
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