「いいんですか?」
「なにがだい、中尉」
にこやかに答える上官を、いつものように冷めた視線で捉えると、ホークアイ中尉は珍しく次の言葉を躊躇した。
この上官は見た目を裏切って強い。
何よりもその心が。
だが、そんな上官が本人や周りが思っている以上に繊細な面を持ち合わせていることも、彼女はよく理解していた。
「原因を追究するつもりはありませんが、すみやかにハボック少尉との関係を修復していただけると助かります」
「わたしは別に少尉と行き違いなど起こした覚えはないよ」
「自覚がないのかもしれませんが、大佐も少尉も視線を合わせないように互いを見て、そのたびため息をついています。統計として出しても宜しいですが、無意味でしょう。業務に支障をきたす程度には頻繁であることは確実ですから」
大佐と少尉の間にある微妙な空気がなんなのかを、実は中尉は気がついていた。
どうして当の本人たちが気がつかないのかが不思議でならなかったが、勤務の邪魔となっている以上、口を出さないわけにもいかなかった。
本当に世話が焼けると思ったが、彼女は世話が焼ける上官に助け舟を出すことにした。
「身も入っていないようですし、今日の視察はここまでにしましょう。書類も定時までで結構です。今日はハボック中尉と食事にでも行くことをお薦めしますわ。たまには部下と親睦を深めるのも上司の役目でしょう」
「中尉! 私は別に!」
「ため息が止むまで、語り合ってもらいます。いいですね」
ホークアイ中尉の言葉に、結局マスタング大佐はそれ以上抗弁しなかった。
おそらく、大佐も限界だったのだろう。
本当に世話が焼ける。
彼女は心の中で呟いた。
「飲みに行くぞ」
やけくそ気味にハボックに声をかけると、ぽかーんとした莫迦のような表情が返ってきて、ロイは心底むかついた。
妙な賭けなど言い出しておいて、ロイをくどく気などこの男にはないのだ。
なのに、自分ばかりが、賭けのことを気にしているようで毎日ため息をついていたのに、ハボックも自分を見てため息をついていたと聞いて、ロイは驚くより腹が立った。
ため息をつくぐらいなら、惚れさせるだけの努力をすればいいのだ。
怒りのあまり、思考が妙な方向に行っていることにも気がつかなかった。
ホークアイ中尉に指摘されるほど、自分はこの男を見ていたのだ。
心底腹立たしい。
「俺でいいんですか」
「お前を誘っているんだ」
「そろそろ、勝負の決着をつけますか?」
「それは、明日だ」
「は?」
「いいから、ついてこい」
まだ腑に落ちない顔つきのハボックをひきずって、ロイはヒューズとよく行く静かな酒場に向かった。
目にもの見せてくれる。
ロイは本当に怒っていた。
[0回]
PR