激しく求め合った後、いつもならとっくに自分に与えられた部屋に戻っているはずだったが、しばらくの間意識を失っていたらしい。
その身に受けた体液は、既に魔力に変換されている。
アーチャーは、眠っている衛宮士郎に抱きつかれたままで、全身に循環する魔力の心地よさに身を任せた。
らしくないとアーチャーは苦笑する。
ことが終わったら、すぐに離れるのがいつもの自分なのに、今日は何故か士郎の側を離れがたかった。
肌のぬくもりを手放すのが惜しい。
夜明けまではかなり時間があるとはいえ、部屋の暗さに、ようやく今日が新月であることを思い出した。
肌を重ねていたときには、そんなことも忘れていた。
それだけ、夢中だったのだが、霊体のあり方というものを考えると、ため息が出そうになる。
アーチャーには、マスターとパスを繋げなくても行動できる単独行動のスキルがある。
本来なら魔力の貯蔵が可能なのだ。
だが、未熟な魔術師である士郎からの魔力の供給は少ない。
士郎に抱かれる理由は、色々とあるが、魔力供給も理由のひとつだった。
月の魔力は、エーテル体であるサーヴァントにも影響する。
満月の夜は満ちて、新月の夜は飢えている。
そのためなのか、新月のときは、いつもより激しく士郎を求めてしまうようだった。
精力も糧とする身とはいえ、浅ましいことだとアーチャーは自嘲した。
今日は、アーチャーの方から口付けして、士郎を押し倒した。
何度繰り返しても、同じように慌てふためく反応が面白くて、浅く、深く、口付けを繰り返した。
服は自分から脱いだ。
自分で脱ぐからと抵抗する士郎を抑え込んで、服を引き剥がした。
鷹の目と称されるアーチャーの瞳でも、星明りだけの部屋で士郎の微妙な表情を捉えることは難しかったが、そこは想像で補うことにした。
アーチャーは最中の士郎の表情を見るのが好きだ。
何度見ても、不思議な気がして飽きない。
何が不思議なのか、自分でもわからないが、苦痛に耐えるような、必死な表情を見るのが好きだった。
横になった士郎の身体にまたがって、髪を触り、感触を確かめる。
自分の髪とは色だけではなく、手触りも異なっている。
今はよくわからないが、指で辿る顔や喉や胸の肌の色もアーチャーと士郎は全然違う。
士郎と閨を共にするときは、いつも同じように自分と異なるところを探してしまう。
アーチャーには思い出せない自分自身の根源と、今の自分がどれほど異なっているのかを確かめるたびに、自虐的な喜びを感じてしまうのは何故なのだろう。
あれほど殺したいと願ったのに、触れて感じるのは、痛みにも似た喜びばかりだ。
答えを得た。
あの時そう思ったアーチャー自身は、士郎によって救われたのだ。
どんな経験も記憶も、座に持ち帰ることはできない。
それはただ、本人には閲覧できない記録としてのみ蓄積される。
だから、救われた自分が再び彼らに会うことがあるとは、アーチャーは思っても見なかった。
凛に感謝をしたいと思う。
守護者である自分に、わずかなりとも自由を与えてくれたことを。
アーチャーが英霊エミヤであることは覆せないが、この衛宮士郎はエミヤシロウにはならないのだと実感するたびに、アーチャーは自分が救われた気がする。
士郎が未熟であることに変わりはない。
その現実離れした理想は、いつか必ず士郎を傷つけるだろう。
だが、士郎には、セイバーと凛がいる。
士郎を深く理解し、導く存在がある。
だから、ただの一度も理解されなかったエミヤシロウにはならない。
本当は、己の人生に後悔などなかったのだ。
ただ世界の掃除屋として、磨耗していく自分に耐えられなかっただけだ。
そのことを思い出した今、世界の果てまで磨耗していく自分を受け入れることができる。
昼間には決して見せない感謝を込めて、アーチャーは士郎の髪に顔を埋めた。
「くすぐったいって、アーチャー」
「このぐらい我慢したらどうだ。堪え性のない」
身体の線を確かめるように、アーチャーが士郎の身体を掌で撫でると、寒さに震えるように士郎が身をすくめた。
口付けと、わずかな肌への刺激だけで、士郎の雄は起ち上がっていた。
「青いな」
「変なこと言うな!」
士郎が叫んではいるが、身体は正直にアーチャーを求めていることを証明してしまっているので、何を言ってもしょうがない。
アーチャーの方は、さすがに士郎の身体を触っているだけでは反応しようもなかったが、士郎が遠慮がちに手を伸ばしてきたときには、腹に跨ったまま好きなようにさせた。
士郎はいつも確かめるように触ってくる。
中心を握られたときには、声を上げそうになったが、唇を噛んでやりすごした。
どうせ声なら、後でいくらでもあげることになるのだから、正気のときは抑えていたかった。
巧みとはいえない愛撫でも、それが士郎の手だと思うと、なんともいえない快感が湧き上がった。
形を変えつつあるアーチャー自身への愛撫を止めさせて、アーチャーは士郎の指を、音を立ててしゃぶった。
腰を少し浮かせると、濡らした指を秘所へと導いた。
ゆっくりと二本の指が差し込まれると、アーチャーは湿ったため息をついた。
指が出し入れされ、二本から三本に増やされる頃には、アーチャーの腰は物欲しげに揺らめいていた。
「もう、いい……」
「ん」
士郎の指を引き抜くと、アーチャーは士郎の雄を後孔にあてがって、ゆっくりと腰を落とした。
「はっ……ん……あ……ぁ……」
受け入れる瞬間ばかりは、声を抑えることはできなかった。
つらくはないが、やるせなかった。
自分が慣れていることを思い知らされることが、少し堪えた。
生前誰を受け入れたかも憶えていないのに、身体だけは慣らされている。
思い出せないことは、いいことなのか、悪いことなのか、それさえもわからない。
男をよく知った身体は、貪欲に士郎自身に絡みつき、奥へ奥へと呑み込んでいった。
騎上位という体勢もあって、アーチャーは奥の奥まで士郎に貫かれていた。
「士郎」
名前を呼ぶと、受け止めた雄が身体の中で一段と膨れ上がった。
段々と激しく腰を振るのに合わせて、士郎が動くたび、頭が痺れるような快感が襲ってきた。
もう声を抑えることはできなかった。
ひっきりなしに、喘ぎ声が漏れた。
涙が溢れてくるのを止められない。
つらくて、気持ちがいい。
過度の快感は苦痛に近いが、それがたまらなく気持ちがよかった。
「くっ……アーチャー!」
名前を呼ばれた次の瞬間、身体の奥で飛沫が弾けた。
頭の中が空白になったような気がしたのと同時に、アーチャーも白濁した液を士郎の腹に放っていた。
何度も体位を変えて交わったあと、何度目かの絶頂でアーチャーの意識は途切れた。
「……アーチャー?」
「なんだ、起きたのか」
「アーチャーこそ、目が覚めたのにまだいるなんてめずらしいよな」
「帰って欲しかったのか」
「そんなわけないだろ! ただ、いつもならすぐ部屋に戻るからさ」
「まあ、たまにわな」
「それって、新月だからか?」
士郎の言葉に、アーチャーもそうかもしれないと思った。
士郎だって新月のアーチャーの貪欲さには気がついているだろう。
「まるで私たちのようだな」
「なにがさ」
「そこにあるのに見えない。まるで私たちのようだと思わないか」
「新月みたいにか?」
「私たちは、それでいい」
「アーチャーがそう思うなら、そうなんだろ。でも俺は、新月も悪くないと思うよ」
「そうだな」
少し眠る、そう言って、アーチャーは背を向けた。
背中に士郎の体温が当たるのを感じて、確かに新月も悪くないとアーチャーは思った。
夜明け前には部屋に戻らなくては、凛とセイバーに言い訳ができないなと思いながら、アーチャーは短い眠りについた。
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