いなくなってしまったジェイドの話です。
ED後捏造。
逆行長編の番外編でもあります。
子供は帰ってこなかった。
死んでくれと伝え、帰ってきて欲しいと願った愛しい子供。
研究者としての自分は、子供の生還を諦めていたが、子供が教えてくれた人間としての自分が、彼の生存を諦めてくれなかった。
子供が姿を消してから二年後、私は絶望という言葉を身を持って知ることになった。
愛しい子供。
愛していたことすら、失ってはじめて知った。
希望と絶望の狭間で、信じることも、諦めることもできなかった愚かな私を、あなただけは許さないで欲しい。
どうして世界を救ってくれなどと頼んだのだろう。
あの子のいない世界には、なにひとつ大切なものなどなかったというのに。
幼馴染も、妹も、生死をともにした仲間の存在も、私を縛る何ものにもならなかった。
私は何も知らなかった。
帰ってきてください。
帰ってきてください。
帰ってきてください。
あなたがこんなに大切だったなんて、私は少しもわかっていなかった。
あなたは生きているだけで、あんなにもたくさんのことを私に教えてくれたのに。
あなたがいなければ私は変われない。
死というものを理解できない死霊使いのままだ。
子供が姿を消してから二年後、ルーク・フォン・ファブレは帰ってきた。
だが、それはあの子じゃない。
私のルークを返せ。
返してくれ。
宿主がいなくなった執務室に、叫びのような言葉の連なりが記された覚書が残されていた。
ピオニー・ウパラ・マルクト九世は、幼馴染が残した覚書を、何度も読み返してため息をついた。
世界を救った英雄の成人の儀式の日、英雄であるルーク・フォン・ファブレは帰ってきた。
ローレライが作ったという器に、アッシュとルーク両方の記憶を持って帰ってきたのだと本人は言ったらしい。
仲間たちはそれを信じたらしいが、謁見してきたルークは、ピオニーが知るルークには見えなかった。
新しい人格なのだから当たり前なのかもしれないが、別人としか思えなかった。
これでよく仲間たちは納得したなと不思議に思ったが、ジェイドだけは距離を置いていた。
昔のジェイドからは考えられないくらい、あの子供に執着していたのに、帰ってきた『ルーク』にまったく関心を示さなかった。
そうでもないかとピオニーは考え直した。
愛情というものを向ける対象がルークだけだったように、憎しみを向けていたのも『ルーク』だけだったような気がする。
無関心ではなかった。
少なくとも、『ルーク』という存在を憎んではいたようだ。
だが、この覚書を見る限り、憎んでいたのは自分自身だったらしい。
ジェイドにとって、愛しい子供は、失ったルークだけだった。
帰ってきた『ルーク』は、ルーク足りえなかったのだ。
まだ帰ってこなければ、希望を持つこともできただろうが、『ルーク』が帰ってきた以上、ルークが戻らないことは確定だ。
その時はじめてジェイドは絶望したのだろう。
あの頭のいい幼馴染は、こうなる可能性を計算していたはずだ。
だが、希望を捨てることもできなかった。
だから自分を憎むように、『ルーク』を憎んだのかもしれない。
すべては推測だ。
ジェイドは何も語らなかった。
どんな風にあの子供を愛し、どんな風に絶望したのか、なにひとつピオニーは聞いていない。
私情の混じらない、事実を報告されただけだ。
『ルーク』が戻ってすぐに、ジェイドは退役して、封印していたレプリカの研究者に戻った。
まだ世界に残っているレプリカたちのこともあったから、ピオニーはそれを許したが、ジェイドは狂ったように研究にのめり込んでいた。
問題は山積みだが、世界はよい方向へ向かっている。
レプリカも多くが乖離したが、残ったものには人権が与えられた。
英雄がレプリカだったのだから、民の心情もそう悪いものではなかった。
それに、瘴気を消してくれたのはレプリカの命だ。
今生きている人間たちには、レプリカに対して消せない負い目がある。
ジェイドが姿を消したのは、レプリカ問題が片付いたころだった。
誰にも何の説明もなくジェイドは消えた。
レプリカの研究資料だけが無くなり、机にはピオニーが手にしている覚書のみが残されていた。
覚書を読んだピオニーは、ジェイドを探そうとはしなかった。
何をするために、どこへ行ったのかはわからない。
だが、ここにはジェイドを引き止めるものは何も無いのだとわかったからだ。
「手紙ぐらい書いていけよ」
薄情な幼馴染にピオニーは呟いた。
可愛いほうのジェイドを撫でながら、あの幼馴染が納得できるように生きられたらいいと願った。
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