夢を見た。
懐かしい、けれど一瞬たりとも忘れたことのない約束の夢だった。
「世界を征服するのは、目的ではなく手段だ」
「じゃあ、世界を手に入れたら、舞はどうするの」
「もちろん人類を支配するに決まっておるだろう。私は嘘を本当にするために、誰もが聞いた御伽噺をまことに変えるためにここに来たのだ。あのガンパレードマーチのように。我らを受け入れてくれた人類を守るために、芝村は人類を支配しようと決めたのだ。私も芝村だ。芝村は芝村として生き、芝村として死ぬ。芝村以外の人間に芝村を理解することは困難だろうが、我らは理解まで求めようとは思わん。憎まれるのも芝村の仕事のひとつだ。そなたも今は芝村なのだ。芝村はどこかの誰かのためにだけ戦って死ぬのだと覚えておくが良い」
「芝村のことはよくわからないけど、僕は舞についていくよ」
「当然だ。そなたは、私のカ……カ……カダヤなのだからな!」
「きみとなら、どこまでだって行ける気がするんだ。舞が言うなら、なんにだってなれる気がする」
「そなたと私ならできるはずだ。私はそう信じている」
「じゃあ、約束しよう。きっとふたりで世界を征服するんだ。明日を幸福にするために」
「うむ。誓約しよう。明日を幸せにするために我らは最後まで共に戦うのだとな」
夢から覚めたとき、自分の居場所を厚志はしばし見失った。
逃しはしないと固く厚志を拘束する腕が、瀬戸口の存在を厚志に思い出させた。
厚志のそばにいるのが自分だけとなった今でさえ、瀬戸口の狂気にも似た独占欲は変わることがない。
それを恐れる気も、咎める気も、厚志にはなかった。
厚志もまた瀬戸口を手放す気はなかったからだ。
それが愛ではなかったとしても、厚志に残されたのは瀬戸口しかいなかった。
愛ではない。
だが、愛しく思わないわけでもない。
自分は厚志に利用されているだけなのだと、瀬戸口が考えていることを知りながら、あえて厚志は本心を明かそうとはしなかった。
瀬戸口の嫉妬が厚志には気持ちがよかった。
心は今だって舞と共にあるけれど、ひとりだけで舞の不在に耐えられるほど厚志は強くなかった。
だから瀬戸口が必要だったのだ。
利用しているといえば、それは否定できないが、舞との約束を守るために、厚志は生き延びなくてはならなかった。
瀬戸口の厚志への執着と狂気は、現実へと厚志を縛る強固な鎖だ。
それゆえに瀬戸口が愛しいと厚志は思う。
けして口にすることはなかったけれど。
伝説の中の人のようだったと、厚志は舞を想った。
どこにいても場違いな感じがした、厚志の最愛の少女。
その気高さと、傲慢なまでに見返りを求めず、ただどこかの誰かのためにだけ戦い抜いた彼女を、厚志は今でも忘れることなく愛している。
舞の死は、彼女との永久の別れではなかった。
舞との約束がある限り、彼女は厚志と共にあるのだから。
世界を手に入れよう。
それが舞との約束だから。
厚志が約束を守れば、舞は厚志の中で永遠になる。
実験動物の殺人鬼だった彼を人間にしてくれた、たったひとりの愛する人を、厚志はいつだって忘れはしない。
「瀬戸口」
厚志は自分を抱きしめている男を起こそうとした。
すると、腕にこめられた力が強くなって、厚志は息苦しくなった。
「いいかげんにしろ。起きてるんだろ」
「まだ早いよ、厚志。もう少しこうしていようぜ」
目を閉じたまま自分を離そうとしない男に呆れて、厚志はしがみつく腕を無理矢理振り解いた。
鬼の力を解放しない限り、一見華奢な厚志のほうが瀬戸口より腕力は強い。
だてに絢爛舞踏なわけではないのだ。
瀬戸口も絢爛舞踏だったが、瀬戸口の戦い方は、鬼の力による同調能力である。
人間形での生身の戦いでは、瀬戸口は厚志に遠く及ばなかった。
もちろん、それでも人並みを遥かに超えた力を持っていることは確かだが、人のままで人を超えた最強の青の青となった厚志とは、比べるべくもない。
今の厚志は芝村ではなかった。
舞との約束を守るために、あえて芝村を敵に回し、戦い続けた結果、ガンプオーマの頂点に立つ道を厚志は選んだのだ。
「今日はいつもの軍議とは違う。幻獣の穏健派との会見だ」
「シオネ・アラダとしての責務かい」
何か苦いものを飲み込んだような表情をして、瀬戸口は厚志の胸に顔を埋めた。
「違うな。俺が選んだ俺の仕事だ。おまえはそう思いたいだけだろう」
「残酷だな、魔王陛下は。俺にはひとかけらの心もくれないくせに、俺を拒もうとはしてくれない」
「それでも、俺から離れようとしないのは、おまえ自身だろう。選択の余地は与えたはずだ」
死んだ人間をもう一度殺すことはできない。
瀬戸口が舞を憎んでいることを、厚志はよくわかっていた。
厚志が舞を想い続ける限り、瀬戸口も舞を憎み続ける。
それはある意味で、舞の存在を証明するものだった。
「厚志!」
強い力で抱きしめられながら、厚志は舞のことを想った。
伝説の中の人のようだった、厚志の運命のひと。
(舞、君は僕のただひとつの愛)
瀬戸口の腕の中で、厚志は幸せそうに微笑んだ。
それは、花のような笑顔だった。
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9999番キリ番を相方の唯人さんに捧げさせていただきました。
リクエストは「幸せそうに笑う速水」とのことでしたが、またしてもリクをクリアしてるのか微妙です。
舞が生きている時が厚志にとって一番幸福な時でしたが、その時には、多分厚志は自分が幸福であることを知らなかったのだと思います。
現実の舞を失い、共に大切なものを失った瀬戸口と生きることで、厚志は自分を幸福な存在だと知ったのでしょう。
舞と出会い、舞との約束を果たそうとする自分は幸福なのだと、厚志は知っています。
そんな幸福論を書いてみました。
瀬戸口は未だ幸福に到っていません。
千年生きても悟りには遠い鬼の性ですね。
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