疲れきった声が、心の奥底から涌き出てきた。
『本当は、あれこそが……幻だったのかもしれぬ』
なんのためにと、オレに問うのか。
思い出せと。
マダラを追い、来世へと旅立つ理由を、お前は思い出せというのか、ユダヤ。
では、教えてくれ。
オレの魂の半身よ。
オレは何故、マダラを求めずにいられないのかを。
全て失った。全て捨てた。
ただ、マダラの存在ゆえに。
それだけの価値が、マダラにあったのか。
オレはもう思い出せない。
誓が思い出せないのだ。
ユダヤ、ユダヤ、ユダヤ、ユダヤ────────聖神邪!
腐り落ちて行く半身が、記憶を曖昧にする。
オレはもう、マダラの顔すら思い出せないのに、お前は違うというのか。
オレたちは対の魂の持ち主のはずだというのに、決してわかりあうことがなかったな。
ユダヤ───お前の目に、マダラはどう映っていたのか。
考えたこともなかったオレは、お前がいう通り愚かだったのかもしれない。
殺してくれ、許してくれ、誰かオレを罰してくれ。
赤い髪のオレの半身よ───先に何があるというのだ。
狂ってしまったオレを殺し続ける運命を背負いながら、それでもお前はマダラを求めるのか。
なんのために、なんのためにだ!
わからない。思い出せない。裏切られたことだけを覚えている。捨てられたことだけが忘れられない。
お前は違うのか、憎しみではないのか、マダラを追うこの衝動は。
マダラ───お前は、オレのなんだったのだろう。
「トドメをさしてはくれないのか……」
ユダヤの剣に串刺しにされたまま、カオスは笑った。
腐り果てた半身が生みだす慢性的な苦痛のために、胸を刺し貫いた剣の痛みはほとんど感じない。
ユダヤは、なんの感情も見せず、カオスの言葉を無視して空を見ている。
何度、こんな場面を繰り返しただろう。
アガルタの呪いを受けたカオスの魂を浄化するには、彼を愛するものの手によって7度殺されねばならない。
本来なら、その役目は、カオスの息子のアレクのはずだった。
影王が7回ミロクを殺し、父の魂をアガルタの呪縛から解放したように、アレクにもまた父殺しの宿命がかせられていた。
アレクが生まれた日のことを、昨日のように、ユダヤは覚えている。
「生まれてこなければよかったと……そんな思いをさせるために……」
カオスとジャミラは、仲睦まじい夫婦だった。
祝福された誕生だった。
愛されて、望まれて生まれてきたはずなのに、彼の一生には絶望しか与えられなかった。
「それもみんな、俺たちのせいだ」
「マダラゆえだ……」
「この馬鹿やろうが! 俺たちのせいだ! マダラを理由にするんじゃねぇ!!」
マダラがどんな思いで、自分たちを置いていったのか、本当のところはユダヤにもわからない。
それでも、マダラに捨てられたというカオスの思いこみが、あまりに身勝手で不当なものであることを、ユダヤは許すことができないでいる。
ユダヤが望んだのは、あの時ともに過ごしたマダラ一人だ。
真王としてのマダラを望んだことなどありはしない。
「なんで、わかんねぇんだよ! なんで!!」
アレクは父であるカオスに返り討ちにされた。
そうでなくとも、父殺しの宿命を、アレクに負わせることが、ユダヤには耐えきれなかった。
ならば、カオスを浄化するのは、自分の役目だろう。
魂の半身として、結局、自分以外にカオスと運命を共にすることができるものは誰もいない。
「お前は狂ってんだよ、カオス」
「今更だな……何を泣く必要がある……ユダヤ?」
安らぎに満ちた笑顔は、それもまた狂気であることを、ユダヤは絶望的な思いで見つめ返した。
言葉が、通じない。
いつからだっただろう。
幼馴染で従兄で親友で、ライバルで、そして宿命という鎖で結ばれた半身だというのに、ユダヤとカオスが理解しあえたことはほとんどない。
いつだって、選ぶのは違う道なのに、二人共にでなければ、来世には跳べない。
遠い昔、このままここで朽ち果てようかと、カオスが語ったことがある。
心のどこかで、それを自分も望んでいたのかもしれない。
だがだめだった。マダラに会わずに消滅することなどできない。
それができるぐらいなら、アローカの門を開いたりしなかった。
あの日、死んでいたはずの自分。
カオスは間違っている。カオスが望んだのは、国王としての地位を捨てて、妻と息子を捨ててそれでも旅立った理由は、己自身が真王になるためなんかではない。
ユダヤにわかることが、何故カオス自身にはわからないのか。
13番目の使徒───裏切り者のゲド=ユダヤとして覚醒していらい、ユダヤは己の心をはっきりと自覚している。
会いたいのは、真王なんかじゃない。
あの日、アガルタを否定した……ユダヤの腕の中で震えて泣きながら、それでも神となることを拒否したマダラ自身。
会ってどうなるというわけでもない。
ただ、もう1度会いたい。それだけが、ユダヤを生かす理由なのだから。
マダラが真王となるのなら、宿命にしたがってユダヤはマダラを殺すだろう。
それが太古からの約束。ユダヤ自身も、マダラさえも忘れてしまった、彼との一番最初の二人だけの約束。
マダラはアガルタ最高の霊性だ。本来アガルタの誰にも自由にできる魂ではない。
彼は神の中の神。王の中の王。
アガルタの歴史で、アル=アジフ───世界の王の座についたただひとりの真実の王なのだから。
赤と青の戦士が仕えるのは、アガルタの最終兵器たる真王などではない。
(おれはただ、お前が気に入ってたんだよ)
運命も、使命も、どうでもよかった。
(言っとけばよかったな……なんでオレ様いつもこうなのかね)
「お前とて、真王になりたいのだろう? それ以外に、マダラを探す理由がどこにあるというのだ」
(馬鹿な野郎……憐れなオレの半身)
もう、涙も枯れ尽した。自分のためにも、カオスの為にも、流す涙など一粒も残っていない。
「影王の野郎の気持ちがわかっちまうようじゃ、俺ももうおしまいかもな」
ユダヤは、剣に力を込めると、カオスの身体を二つに裂いた。
彼のために泣く涙はない。
だが、ユダヤは泣いていた。
あまりに遠くに来てしまった。
先は遠く、約束が叶えられる保証はない。
それでも、最後に浮かぶのは、マダラの笑顔だけ、どれだけ時間が過ぎても忘れられない、子供のような無邪気で切なく愛しい笑顔。
「何度でも殺してやるよ。カオス。お前の魂が、アガルタから解放されるまで」
(お前が、マダラを求める理由を思い出すまでな)
もし許されるなら、もう1度だけ───記憶の中のかすかな感触を思い出して、ユダヤは唇に手を当てた。
カオスの身体は、溶けて崩れ、風がその痕跡をすべて吹き去って行く。
明日になれば、またカオスの転生を探す旅がはじまるだろう。
「いつか、俺たちはマダラに会うさ」
それがどれほど遠い未来でも。
転生する瞬間、いつも聞こえる声がある。
震えるように彼の名を呼ぶ、誰かの泣き声。
(オレはいつも、お前を泣かせてばかりだった)
笑って欲しかった。望んだのはただそれだけ。
どうして、いつも忘れてしまうのか。
今度こそ、お前を見つけられるといい。
そして、二度と泣かせたりしない。
永遠の忠誠を、お前に。
それがオレの───真実の誓だから───
遠い時の果て、二人の戦士は求める存在に再会する。
それは、世界が終る日でもあった。
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ギルガメッシュサーガも面白かったですけど、管理人が好きなのははじまりのマダラです。
転生したら、それは別の存在なのに、それを認められないふたりは永遠の生を手に入れてしまったからかもしれませんね。
自分の仲間だったマダラに会いたい。
願いはひとつのはずなのに、ふたりはすれ違い続けます。
私もはじまりのマダラに会いたいです。
[1回]
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