「絆」
「綾波は、どうして、士魂号にのっているの」
神経接続の調整の最中、シンジはレイに尋ねてみた。
最初に戦闘用クローンとして調整された実験体に選択の自由があったとは思えない。
それでも、実験中に大怪我をしてまで、士魂号に乗り続ける理由をシンジは知りたかった。
「……絆……だから」
「絆?」
「私には、他に何もないもの」
それは、シンジには理解できない言葉だった。
シンジにだって絆と呼べるものなど何も無い。だが、あえて、誰かと繋がりを持ちたいとはシンジは思わなかった。
それでも、シンジはレイの言葉を真剣に考えて言った。
「綾波は、寂しいの?」
「寂しい。私寂しいの? わからない。ごめんなさい碇君。あなたの言葉は私にはわからない」
表情の無いレイが、それでも真摯に言葉を返そうとしているのが分かって、シンジはある意味安心した。
レイには感情が無いわけではない。
その表し方が分からないだけなのだ。
そして、そこまで考えた自分を不審に思った。
レイに感情があることに、どうして自分が安心しなくてはならないのだろう。
そこまで考えて、シンジは自分の気持ちに気がついた。
理由はわからないが、自分はレイが欲しいのだ。
欲しいという言葉が正しいかはわからない。
ただ、彼女にとって特別な存在になりたいとシンジは思った。
「綾波。絆が欲しいなら、僕のことを考えてくれないか」
「碇君のことを? 何故?」
「僕たちはひとつの機体を操作する一身同体のパートナーだろ? だから、僕ならキミに絆をあげられる」
「碇君が私に絆をくれるの?」
「間違えないで、綾波。僕はキミに絆をあげる。だからキミも僕に絆を与えて欲しいんだ」
一方通行ではない想いがシンジは欲しかった。
そして、ブルーファーストと呼ばれる最初の実験体である彼女となら、互いに絆をもてるような気がしたのだ。
それがある意味自己中心的な考えであることにシンジは気がつかなかった。
ただ、生まれて初めて現れた、欲しいものを手に入れるために、シンジは必死で言葉を重ねた。
「どうすればいいのか、わからない」
「いいよ。僕といっしょに考えよう。どうすれば、絆をもてるのか」
レイは、少し呆然としたようにシンジを見つめ、三番機の前で俯いた。
その頬が少し上気しているのを、シンジは見のがさなかった。
シンジが綾波の手をとろうとした瞬間、大きな声が響き渡った。
「よっ! 先生! 早速パートナーをくどくとはやるやんか」
「予想外だったな。シンジって綾波が好みだったんだ。てっきりミサトさん狙いかと」
トウジとケンスケの声だった。
「ちょっ、ふたりとも、声が大きいよ」
「碇君。赤木博士に呼ばれてるから、行くわ」
小走りに走るレイの姿は、普段の彼女よりも、ずっと普通の女の子のようだった。
シンジは二人を睨むと、声を低くした。
「どういうつもりで邪魔してくれたのかな」
シンジは怒っていた。
ミサトの小隊に配属されてから、訓練ばかりで戦場にはまだ出たことは無いが、短い間にいつの間にかシンジはこの環境になじんでいた。
三人揃って三バカトリオとアスカに呼ばれるほどには、シンジも二人に気を許すようになっている。
それでも、今回ばかりは、簡単に許せそうに無かった。
せっかく、綾波の心をほぐすチャンスだったのに、それを台無しにしてくれたのだ。少しはきつく当たってもいいはずだ。
「いや、わいは一応静観しようとおもうとったんやけどな」
「なんだよトウジ。おれだけのせいにするつもりか。トウジだって、綾波はやめたほうがいいって言ってたじゃないか」
「どういう意味だよ。ケンスケ」
シンジが問い詰めると、ケンスケは小さな声で呟いた。
「綾波は特別なんだよ。ラボ育ちっていったって、アスカみたいに社交的なやつもいるけど、綾波は誰にも心を開かない。それに、確かに美少女だけど、おれは怖いよ。特別に最初に調整されたせいなのか、まるで人間じゃないみたいだ」
「いいすぎやで、ケンスケ」
ケンスケの言葉に、シンジは目を瞑った。
怒りを静めるためだ。
ラボで暮らしたことが無い人間に何がわかる。
レイは人間だ。
いや、よしんば、レイが人でないものだってかまいはしない。
シンジがレイを欲しがったのだ。
「ケンスケの気持ちはわかった。でも、綾波にだって感情はあるし、僕が綾波と仲良くしたいんだ」
「シンジ」
ケンスケとシンジは少しの間にらみ合ったが、シンジはレイを追いかけて外に出た。
レイはラボでどんな目にあったのだろう。
それを考えると、シンジは胸が黒く塗り潰されたような気がした。
(僕だけは、綾波を手放したりしない)
シンジは下にある研究室へとレイを追いかけた。
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