キリンを失ってから、犬彦は新宿の街をあてどもなく彷徨っていた。
何度キリンを失っただろう。
少年の日。それは夢の中の少女の名だった。
高校生のとき、二人は出会った。
よくある前世を探す行き場のないガキがふたり。
マダラという前世の仲間も求めてさまよった。
あの頃二人を繋いでいたのは、存在しない少年の名だけだった。
マダラを探すことに疲れ、二人はわかれた。
昔の話だ。
それでも、二人は何度も出会いと別れを繰り返した。
キリンは子供のようだった。
犬彦から逃げ出して、危険な男の間ばかりを彷徨って、そうして犬彦をためしているのだと、彼にはわかっていた。
犬彦が彼女を見捨てないことを、キリンはそうやってためしていた。
自分たちの関係はなんだったのだろう。
恋だったのか、愛だったのか。
あの頃も、今もわからない。
何度別れても、キリンへの執着を捨てることはできなかった。
キリンが死んだ今になってわかったことがある。
忘れたはずの夢の話。
彼女が語るマダラの話が好きだった。
キリンを抱くと、マダラを感じられるような気がした。
莫迦な話しだ。
抜け殻の犬彦は、キリンを失った今もどこかでマダラを求めている。
存在しない赤子。
かつて探した前世の仲間。
キリンが産むはずだった犬彦の子供を、彼女はマダラと呼んでいた。
腹を裂かれたキリンの死体には、妊娠の痕跡はなかったという。
想像妊娠だったのか。
精神科の医師のくせに、自分が一番いかれていた女にはあり得る話だったが、犬彦はマダラが生まれることを信じていた。
自分はもう刑事とは言えないだろう。
終わらない昭和に、東京は腐り果てている。
このゴミ溜めの街で、自分のような抜け殻が幽霊のように彷徨っているのは似合いすぎて滑稽だった。
胸の中にぽっかりと喪失感がある。
いつの頃からか巣くった胸の穴を、キリンだけが埋めることができた。
なのに、自分はキリンの死を悲しんでいない。
それが少しだけ不思議だった。
ビルの隙間から、満月が見えた。
「……マダラ……」
おまえに会いたいと、犬彦の忘れ果てた過去が呟いた。
自分が泣いていることに、犬彦は気付かず、ずっと月を見ていた。
とめどなく、涙を流しながら。
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キリンの赤ちゃんは、後に影王と同一化し、完全体となりますが、それは真王ということですよね。
最後の転生でもはじまりのマダラには会えないのかと思うとショックです。
捏造するしかありませんね。
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