宿屋のベッドのシーツの上に寝転びながら、悟浄は苦虫でも噛み潰したような表情でタバコをふかしていた。
さっきから肺にはちっとも煙を入れていない。
肺の奥の奥まで紫煙を吸い込めば、少しは気分も晴れるのだろうか。
そんなわけがないことはよくわかっていた。
(誰でもいいから、さっさと帰ってこいよ)
向かい側を見れば、ベッドに腰掛けて新聞を読んでいる三蔵が見えて、悟浄は頭を抱えたくなった。
八戒と悟空は買出しに出かけていて、当分帰ってきそうにない。
どうせ、食い物屋の前で、あの小猿が騒ぎ出して、それを八戒が宥めるといういつものパターンに決まっている。
だから、自分か三蔵が部屋を出て行かない限り、この気まずい空間が治まることはないのだ。
悟浄と三蔵が二人っきりになるのは、なにも今回が初めてというわけではない。
それでも、そのたびに悟浄は追い詰められたような焦燥感を感じてしまう。
いつもの下ネタを言うのも唐突で間が抜けているし、何よりこの沈黙は耐えがたかった。
八戒といるときは、互いに黙っているときの方が多い。
それが普通で、たまに会話をするのが心地よかった。
悟空とでは、いつでもケンカばかりで、最後には無視しあう。
三蔵と二人っきりのときの静寂だけが、悟浄にはきつかった。
いつもなら、最初に三蔵を適当に怒らせて、ふざけた雰囲気にしてしまうのだが、今日に限って、そのタイミングを逸したまま、眼鏡をかけた最高僧様は無言で真剣に新聞の相手をしている。
悟浄の存在など、はなから無視だ。
気まずいのは悟浄だけらしい。
そんなことは、わかっていたが、何故自分がこんなに焦らなくてはならないのか、自分でもまったくわからなくて、悟浄は顔から嫌な汗が噴出すのを感じていた。
見ないようにしている事実が、自分が三蔵を意識していることを悟浄に自覚させた。
その透けるような白い肌が、滑らかで肌理が細かいこととか、金色の糸のような髪に、窓から入ってくる光が反射して、まるで黄金のようだとか。
手入れもしていないのに、口付けを待っているような瑞々しい唇の形とか、形よく浮かび上がっている鎖骨を舐めたら、どんな顔をするだろうとか。
細すぎる腰を抱き寄せてみたいとか。
深い紫の瞳を正面から覗き込んで、目を開いたまま口付けして、舌を絡ませてみたいとか…………
(俺は変態かぁぁぁぁぁぁ!!!!!!)
悟浄の自覚そのままの変質的思考に気付く筈もなく、三蔵は新聞をめくっている。
その姿は、悟浄の妄想とはかけ離れて、いっそ神々しいほどキレイだった。
生臭坊主と何度も叫んでいるのは悟浄だが、三蔵の潔癖な誇りと美しさを誰よりも意識しているのも悟浄だった。
誰にも汚されない、どんなに手を血に塗らしても堕ちることがない高潔な三蔵を望んでいるのは悟浄なのに、ふたりっきりにされると、どうしても欲望で満ちた視線を向けてしまう。
気がついてないはずはないと思うのだ。
この美人の坊主は、男に言い寄られることに慣れている。
無理もないと思う。
三蔵はあまりに美人過ぎるし、それよりも匂うような色気があるのだ。
こんなにも清冽なのに、その穢れなさがよけいに汚してみたいという欲望をかきたてる。
花のようだと悟浄は思った。
その姿形は清廉で美しいのに、その香りで虫を引き寄せる。
(俺も虫のうちかよ)
「アチッ! つぅ~~」
爛れた妄想で頭をいっぱいにしているうちに、銜えていたタバコの火で軽く唇を火傷してしまった。
赤くなった唇を舌で舐めると、生暖かな何かが悟浄の舌に軽く触れた。
それが他人の舌だと気がついた時には、悟浄は華奢な身体に押し倒されていた。
目の前には、眼鏡を外した深い紫の瞳がある。
(え~っと……三蔵さま?)
声は出せなかった。
悟浄の舌を絡めとった三蔵の舌が、そのまま悟浄の口の中を侵略してきたからだ。
口付けは最初から深く、口の中を蠢く舌には容赦がなかった。
舌を絡め、前歯の裏を舐めると、三蔵は悟浄の唇を何度も軽く噛み、もう一度深く口付けた。
どちらのともしれない唾液が、互いの喉を伝い、三蔵が軽く唇を離すと、透明な糸をひいた。
言葉はなく、行為だけは激しく、しかし静かに続けられて、悟浄にはもう何も考えられず、ただ受け取るだけしかできなかった。
耳たぶを噛まれて、そのまま舌が入ってきた。
行為の間中、三蔵の手が悟浄の髪を梳いて、背筋がゾクゾクとしてたまらなかった。
三蔵の舌は悟浄の鎖骨を辿って、腰の方まで下りて来て、さすがに悟浄はあわてて止めようとしたが、静かな声で黙らされた。
「甲斐性なしは黙ってろ」
前を開けられると、すでに立ち上がった欲望の証を見て、三蔵が少し顔をしかめたが、ほとんどためらいもせずにそれを口に含んだ。
「ちょっ……三蔵……まっっん~」
袋を揉み解しながら、口全体で悟浄の肉棒を上下する。
動きは少しも止まらないのに、口の中で三蔵の舌は悟浄をくまなく舐めまわした。
カリの部分を念入りに舐められ、舌先が鈴口をチロチロと突くと、それだけで達しそうになって、悟浄は耐えた。
裏筋を舐めながら、三蔵は悟浄の根元をギュッと握った。
「くっっ……おい! 三蔵!」
悟浄の叫びを無視すると、三蔵は大きく育った悟浄のものを咥えたまま、強く舐めたり、先を軽く噛む。
三蔵が自分のものを咥えているというビジュアルだけでもいきそうなのに、激しい責めに悟浄はもう限界だった。
だが、根元は三蔵に強く握られているために達することができない。
ここまできてなんだが、三蔵を汚すのは嫌だった。
頼むから離してくれれば、速攻でトイレにかけこむのにと悟浄が涙ぐみそうになったとき、濡れた唇で三蔵が笑った。
「離してやるから、このままイケ……呑んでやる」
天使のような悪魔の微笑だった。
当然悟浄は降参した。
「あっっんんくっっ~~」
飛沫を上げて、悟浄の欲望の証を三蔵の喉の奥に叩きつけると、苦しそうにしながらも、三蔵は白濁した液体をすべて呑み干した。
唇に残った白い液を舌で嘗めると、三蔵は何事もなかったかのように眼鏡をかけて新聞を手に取った。
リビドーなどありませんといった、キレイな顔を見て、悟浄はベッドに沈んだ。
一応は身支度を整えると、さっきのことが白昼夢としか思えなくなる。
三蔵にしたいと思っていたことを、逆にほとんどされてしまった。
「ああそうだ」
「はーなんでしょうか~」
文字通り精も根も尽き果てて、投げやりに応えると、思ってもいなかった言葉が帰ってきた。
「今度からは、てーめーが誘えよ。見てるだけじゃなくな」
「ちょっ……それって」
(やっぱり気がついてたんじゃねーか)
「気が向いたら相手してやるよ」
金色の華が笑う。
「俺をその気にさせられたらな」
なんで、こいつはこんなにキレイなんだろうか。
何かが間違っていると悟浄は思った。
そして、そんな花に魅せられた自分の不幸を嘆いたのだった。
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