悟浄の説明は要領を得なかったが、結論を言えば、やはりあの自称愛の伝道師が原因だった。
「てめーが馬鹿で、仏も救いようがねーぐらい爛れた女好きだってのは、知りたくもねーのによく知ってるがな」
「一分でいいから、考えて行動して欲しいものですね」
「俺知ってる~せきついはんしゃっていうんだろう、そういうのって!」
「せめて漢字で言えよサル! 俺は昆虫かよ!」
「ゴキブリだと思っていたがな」
「カマキリだったのかもしれないですね」
カマキリは、交尾のあと、卵を産む滋養としてメスに食べられてしまうのだ。
蜘蛛も同じ行動をするが、動くものしか目に入らないというカマキリのほうが悟浄には似ているかも知れないと八戒は思った。
「自分の心が知りたいなら、扉に入ってみろって言われたんだよ。なんで彼女を信じたかなんて、俺こそ聞きてーな。なんで、おまえら、ここにいるわけよ」
真実なんてものに意味はないのだと、彼女は言ったらしい。
人は誰にでも嘘をつく。自分自身にさえも。
だから、自分の本当の望みをきちんと知っている人間は、他人が思う以上に少ないのだと。
「くだらねー。嘘も真実も、他人にとっての意味のなさは同じだ。人間ってのは信じたいものを信じるものだからな」
三蔵は、眉間に皺を寄せて吐き捨てた。
「俺の真実は俺だけのものだ。たとえそれが、自分自身についた嘘だったとしても、俺が自分でそれを真実だと決めたなら。それが俺にとっての本当のことだ。他人にどうこう言われる筋合いはねーし、そもそも俺は俺が俺であることさえ知ってりゃ十分なんだよ」
だからこんなことはさっさと終わらせて、元の世界に戻ると三蔵は続けた。
そう、三蔵ならそんなことを言いそうだと八戒は思ったが、だからこそおかしいいと気がついた。
「あんたはそーだろーけどな、俺は知りたかったんだよ。俺の本当の望みってやつをな」
悟浄がまっすぐ三蔵を見て言った。
「……これがそうなんですか……」
八戒の呟きは、二人の耳には届かなかったようだ。
だが、もうそんなことは関係がなかった。
もう全部八戒にはわかっていたから。
いつのまにか悟空が八戒の袖をひいて笑った。
「俺さ、みんなのこと大好きだ。ずっといっしょにいられたらいいのにって思ってる。だからさ、八戒は? 八戒は本当はどう思ってるんだ?」
「悟空らしいですね。でも、悟空はそんな風には言わないですよ」
八戒は目を瞑った。
(僕の嘘、僕の真実、僕の本当の願いは……)
いつだって、嘘ばかりだった。
それに気がついたのは三蔵だけだった。
ずっと三蔵が欲しかった。本気でそう思っていた。
資格がなくても、花楠を忘れられなくても、忘れるつもりがなかったとしても。
だけど、扉を開いて一番最初に出会ったのは悟浄だった。
「愛の伝道師さん、僕はもうわかりましたよ」
そして、今、ここには全員がいる。
「悟浄。扉の鍵を見つけました」
「はい?」
「これは、嘘なんですね?」
八戒は、痛みと喜びと、少しだけ感謝をこめて微笑んだ。
「僕は三蔵が欲しかった。でも、一番失えないのは悟浄だった。そして、僕の本当の願いは――――――」
最後の台詞を口にした瞬間、すべてが白光に包まれた。
2005/1/22
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